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04/28/2004

再開の街

ハードディスクは壊れるものだということを全く失念していたわけではない。ただ油断していただけだ。バックアップを取らなくていいなんて思っていたわけではない。ただ油断していただけだ。

こうして日記を半年分、大学に入ってからのすべてのメール(青春の思い出!)を失い、更にここ数カ月で作った論文のメモを失った。そして、一番痛いのが今年に入ってからの、書籍データ。全部、また打ち込むのは嫌だなあ、と思うが、自業自得。

さて、密かにniftyの会員だったりするので、ココログのサービスをお借りして、「ねぎとろ丼日乗」を再開しようと思いますよ。

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今抱えている問題

どうもファイルシステムのsuperblockを壊してしまったという風に描写されるのが正しい模様。自分の知識が中途半端なだけに、どこから手をつけていいかわからずに困る。

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将来像と展望

朝日新聞の4月28日付の社説[asahi.com]より。文部科学省は私立大学の非常勤講師に対する給与の補助金を今年度から5割増しにしたという。また、国公立大学についても今年度から独立行政法人となることから、パートタイム労働法の適用を受けるという見解をしめしている。社説はこれを受けて、非常勤講師への対応を篤くするべきだと主張している。

自分も将来は大学に残る方向へ進みたいと思っている人間としては、少し嬉しい情報でもあった。よく「非常勤講師では生活できない」という話を聴くので、不安でもあったわけだが、これで少し生活できる展望ができる気がする。しかしながら、当然これは学費に跳ね返ることになるわけで、ますます大学の「ぜいたく品化」は進んでしまうのかしら、とも思える。責任も大きくなるんだろうな、と。大学の授業料は今でも決して安くないと思うが、それがまた人件費が大きくなると困るだろう。

もっとも、あっしには当分関係ないことでごぜえますよ。

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落ちるな!

一年前のKnoppixを使って細々とコンピュータを使っているのだけれど、無線LANのライブラリにバグがあるらしくて、ちょっとでも大きなwebpageを表示しようとすると落ちる。

今日は図書館が休みなので、家でのんびり読書。本を三冊、同時並行で。倫理学、認識論に、概念記法。友人から、昼前にメールがあって、本のコピーをくれようとしたのだが、大学にいなければ、うまくいくはずもなく、申し訳ないことをした。

バイトは欠席が続出で中止。来週の予定を決する。

酒屋は閉まっている。

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矩象(die Quadratur)

太陽と惑星の黄経の差が90度になること。

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04/29/2004

アクセス解析

少しずつここのサービスを探訪しているが、アクセス解析がどうやらできないらしいということが判明。別にわたしが管理しているサーバでもないのでまあ良いか。おおよそのアクセス数は「日記才人」から知ることができるし。ただ、ちょっと惜しいなと思われるのは、検索エンジンからおもしろワードで来たひとが判らないこと。

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いよいよ…

朝日新聞の4月28日付けの記事より。東京都は文部科学省に首都大学東京の設置認可を申請した。首都大学東京は、東京都が現在の都立大学、科学技術大学などの4大学を廃止の上、統合して来年の四月に開校することを目指している。主に、都市問題を研究することを目指すという。


人文学部がつぶれると評判の改革。特に、外国文学を講ずる研究室はなくなるとか。きっと英語以外は「都市的」ではないんだろうね、と嫌みの一つも言いたくなるが、それは外部にいる人間だからできること。内部にいたら、自分が職を失う、もしくは自分の指導教員がいなくなる、という不安を抱えて毎日を過ごすのだから大変だ。もちろん、新たに外部から学生を呼んでくることも難しいだろうな、という感じがする。少なくとも、わたしは都立大には進学しないだろう、と思う。

さて、もし噂通りの展開になったとして、つまり外国語や外国文学を扱う学科が一切なくなったとして、それで都はどれだけの収益を上げることができるのだろうか。つまり、採算がどれだけ好転するのだろうか。大学経営で大変なのはなんと言っても医学部、その次は理系学科だろう。装置や施設への投資額がとても大きいからだ。私大の先生に聞いた噂では、文科系の学生の払う学費の一部は当然医学部を支えるために使われている、という(本当かどうかは残念ながらわたしには確かめるすべはない)。それに引き比べ、文科系の学問は生産性はないかもしれないが(別に特許収入はない)、それでも投資額はそれほど大きないだろうと思われる。一度買った本は、そのまま蓄積されていくし(あ、でもその本が占める場所が問題なのか?)、別に特別な施設が必要とされる訳ではない。そして、廃止されれば今まで得ていたある程度の尊敬や信頼といったものを一遍に失う。大学は当然に信用商売だし、イメージ商売だ。イメージが悪くなれば、サービスを提供する技術者である教員もつかなくなるし、提供されるサービスが悪化されれば、お客はつかない。また、お客は大学の場合は生産品でもあるわけで、加工して良いものを社会に提供することで、様々な評価や人脈をつくるはずだが、良いお客がつかなければ、加工品の質も悪くなるので、より信用を失っていく。こんな大げさなことがすぐに起こるかどうかは判らないけれど、でも起こったとしても誰も不思議には思わないだろうな、ということは想像ができる。

結局、どうもこの「経営戦略」はうまく行かないきがする。それはきっと、これが「経営」ではなくてただの切り捨てだからかもしれない。

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どこも同じか

Die Zeitの2004年18号でMartin Spiewakが人文科学の現状にが危機的であるのは、大学がきちんとした対策をしてこなかったからだ、とする記事を書いている。そもそも人文科学の意味などという問いは、「人文諸科学が自らの課題を果たしているなら、上っ面なものに過ぎない」と。

人文科学、社会科学の分野は社会への影響力が今や大変小さく、また学生の教育という面でも他の分野に比べて遅れを取っている(哲学と歴史系で卒業まで14セメスター(7年)、ドイツ文学や社会学ではもう1セメスター少ない)。また、大学の外で活動する人々の結果の方が社会に大きな影響力を与えているという。


一つの教授職を狙っている私講師の数が250人であるとか、ショッキングな数字が並んでいるわけであるが、結局どこも似たような状況であることは確かであるらしい。入ってくる学生の質が下がっていることが取りざたされているが、それは大学の地位が相対的に低くなったことと呼応しているわけで、そういった学生に対する教育を放棄する言い訳にはならない。

もっとも、流石に大学の先生にしても危機感はあるようだ。まだそれをどのようなカタチにするかを悩んでいるだけで。学生の側も何とかして、先生方を使い倒す方策を考えないといけないのだが。

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借金増額

年金問題が喧しい今日この頃だが、わたしも「学生特例申請」の書類にやっと記入した。学生証をコピーし、わたしの「課税台帳を閲覧しても良い」という判子を押し、大学の名前を書き、卒業見込みを書く(一年延長です!!)。

それにしても悩むのはすでに金利がつき始めている大学一年の頃の「特例」分を今払うかどうかだ。10年以内に払えば良いとはいえ、この低金利時代にしっかり金利がついていることには不満を覚えるが、「2年しか溯って払えないところをおまけだぞ」、と言われるとしようがないかな、とも思う。その一方で、この制度は奨学金に似て、真綿で首を絞められるような感覚を覚えるのだ。まさか自分の年金まで親に面倒を見て貰うのはあまりにあまりな気がするから。

大学は休みの日なのに多くの学生が出てきていた。勉強熱心だな、と思ったらサークルのついでにコンピュータをいじりに来た人も多かったらしい。

論理学の問題を解き、18世紀のドイツ語をひいている内に何だか腰が強ばってきて、今日は14時半でギブアップ。帰りに昼ご飯を買って帰宅。嫌な感じに疲れている。

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04/30/2004

飛行機雲の罪

朝日新聞の4月28日付の記事より。北米地域の温暖化の主要な原因が航空機から出る飛行機雲である、とする研究結果がNASA(アメリカ航空宇宙局)から出された。

NASAラングレー研究センターのチームは過去二十年の北米上空の天候や雲の状況を分析し、航空機の飛行の増加とともに、巻雲(絹雲)が増加していることを突き止めた。この巻雲は太陽光は透過するが、地表からの放射熱は反射するという性質を持つ。航空機のエンジンから出る水蒸気が凍ってできた飛行機雲は、風にのって拡がると巻雲となることがあるという。北米地域の気温上昇は、計算の結果、この巻雲の増加でほぼ説明ができるという。


一昨年、基礎科学実験なるタイトルのもと行なった講義で一度聴いたのだが、CO2よりもH2Oの方が温室効果は高いのだが、空気中の水蒸気量はほとんど一定なので(飽和水蒸気量は決まっているからかな?)、CO2の増加の方が問題が大きいと教わった気がするが、どうなのだろうか。

まさかとは思うが、アメリカ政府の「京都プロトコル」造反を正当化するための研究だったりしないよね。

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大学の良識

朝日新聞の4月29日付の記事より。文教大学はオウム真理教の教祖、松本被告の娘が今年の春、文教大学の入学試験に合格しながら、「周辺住民や在学性への配慮」を理由に合格を取り消されたことが分かった。


大学の存在意義とは一体何なのか。一方で経営しなくてはならないとはいいながら、事業としてだけなら商売になりっこないのだから、その他にもモチベーションがあると考えて当然ではないか。子どもっぽいと言われても、そこにはある種の「良識」みたいなものがあるのではないか、とわたしは信じている。そうでもないなら、本当に社会での機能を全く果たさない4年間の(あるいは5年か、それ以上の)休暇を過ごす、社会的レジャーランドにしかならない。

せめて大学だけでも、社会の、そして法制度の基盤、それは「罪を憎んで人を憎まず」という言葉で表されるかも知れない、を守る姿勢を示して欲しい。そもそも犯罪者の子孫に生まれることを選べるわけではないし、(同義的な罪を一切侵していないかどうかは分からないけれど)彼女自身が犯罪を侵したわけでもない。彼女には責められるところはないのである。

また、彼女を社会からつま弾きにしてしまうということが発するメッセージは全然ポジティブなものとはならず、それでも彼女はこれからもわたしたちの隣で生きていくのであるから、わたしたちの社会になるべく受け入れていく活動が必要とされていると思う。

大学の良識が問われていたのだろうと思う。

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