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05/01/2004

みんなありがとう

多くの人からコメント・メッセージ、そしてあまつさえ「プレゼント」まで頂いた(4年ぶり二度目の快挙!)。それはそれは嬉しい一日でした。例年この時期はちっともハッピーな気持ちにならないのだけれど、今年はすごく良かったです。

昨日は(と書くべきなんだろうな…)友人の卒論の原案の検討。口から先に動き始めている感じで、却って不毛な部分が、そして傷つける部分があったのではないか、という気がする。でも彼は「そんなことない」と言ってくれたので信じることにしたい。(ちなみにプレゼントをくれたのは彼ら。検討会の後のカレー屋で渡されたときは、本当に泣きそうになったが、頑張って耐えたよ)。

午後はお世話になっている研究室のwebpageのアクセス解析(比較的簡単にいく)と、ネットワークプリンタの導入(難航)を行なう。無電源装置が一つ壊れていることが判明。その他いろいろ。時間的制約で一台だけドライバをインストールすることができなかったのは、また週明けに完結することにする。

とにかく、ひとに優しくされた一日だった。その優しさに応える一年でありたい、と思う誕生日であった。

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Die Osterweiterung

EU(欧州連合)が今日から25か国体制に拡大してスタートする。人口ではアメリカを上回る政治的な共同体が出現した。人の移動に関してはこれからもしばらくは制限されるし、Euro圏内に入るわけでもないのだが、ものの移動は簡単になり、経済的な変動は大きくなるだろうな、という気もする。

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恒例行事

年に一度の恒例行事、今年は今日であった。賑やかなパーティとその準備、後かたづけを昔はなんだかつまらないことのように、思っていたが、それはそれで多くの人に楽しんでもらえる機会を嬉しいなと思えるようになった(これを成長というのだろう、と信じたい)。

正直、酔っ払った父は苦手だったのだけれど、そして今でも「扱いにくいな」と思っているのだけれど、母は口で言うほど嫌がったそぶりを見せていない、ということにも数年前から気づいている。それが一体どういうことなのか、あんまり良くわからないけれど、夫婦というのはそういうものなのかね、と思う。

お客の一人、二才の女の子に何だか偉く好かれてしまった。ちょっと可愛い笑顔の彼女とニコニコしていたら、何だか幸せな気分になってしまった。そう、わたしはその年代までの子にはとてももてるのだ…。電車の中でも乳母車の中にいる子や、おとうさん・お母さんの手を引かれている子にすごく感心を持たれ、彼らの人気を博しているわたし。二十年後、彼女たちのほとんどがわたしを忘れてしまっているわけだが、嬉しい。

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05/02/2004

生ゴミ発電

朝日新聞の5月1日付の記事より。来年の秋、東京の太田区に国内最大級の、食品廃棄物を利用した発電施設が稼働する。食品リサイクル法は2006年までに廃棄物を20%減らすか、リサイクルすることを義務づけている。この施設は外食産業の廃棄物の受け皿として機能することを目指している。

太田区の城南島に建設が進められているこの発電所は、売れ残りの弁当や残飯から特殊な細菌でメタンガスを発生させ、それを燃料に稼働する。一日110トンの生ゴミを処理し、2万4千キロワット時の発電能力を持つ。発電した電力の三分の二を東京電力に販売するという。


生ゴミを処理してメタンガスを出す、つまり腐らせる、ことでエネルギーに変えるというのがどれだけ効率的なのか良くわからないが、少なくとも良く燃えそうではある。

こういう取り組みは大事だと思うが、あくまで次善の策であるということにあまり言及されないのが、最近、少し違和感がある。そもそも、ゴミにならないように生産するのが正常な反応である。一番単純な無駄の減少化なはずである。

リサイクルより、再利用、そしてそもそも無駄なものは作らない買わない。リサイクルすれば「環境にやさしい」のではなく(それがいかなる意味であれ)、必要以上に作らせないのがやさしいのだ。

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観光名所

スラッシュドット・ジャパンの4月28日付の記事より。1986年の4月27日に爆発事故を起こしたチェルノブイリが最近「観光名所」となっているという。付近はいまだに被曝の恐れがあるが、一年に3千人以上がその地域を訪れ、そのうち数百人が危険地帯に入り込んでいるという。


「この目でみてみたい」人間の欲求のなせる技かな、とも思えるが、一方で想像を越えた事態を眺めることがもつ意味みたいなものも積極的に評価できる気がする。例えば、このようなサイトが紹介されてしまうと、観てしまうわけで。

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ゴールデンウィークの語源

ドイツに住む友人に訊かれて、気になって調べてみたところ、ウィキペディアに解説出ていた。

「ゴールデンウィーク」という言葉は日本で作られた和製英語である。1948年の祝日法の施行以降、連休となるこの一週間の映画館の入場者数が増加したことから、「最高にすばらしい週間」という意味で映画館経営者の間で使われ始めたのが、一般に普及したものである。

世の中には知らないことがまだまだある。

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『そうはいっても飛ぶのはやさしい』読了

この本はチェコの作家イヴァン・ヴィスコチルと、ハンガリーの作家カリンティ・フリンジュシュの短篇を集めたアンソロジーである。ヴィスチコルもカリンティも(いつも混乱するけれど、ハンガリー人は生・名の順で名を記す)もブラックなユーモアを撒き散らしていて、春の昼下がりを拗ねて過ごすには大変好都合な本である。

実際のところは、ヴィスチコルはプラハの春以降「忘れられた作家」であったし、カリンティも文学的な潮流にのった小説家というわけではないようだ。それでも、批判的な芸風の小説を今日の日本で読むことは大変楽しい経験であると思うし、こういったシニカルなお話を身につけることに意味があることだと思う。

お勧めは、ヴィスチコルの表題作「アルベルト・ウルクの信じ難い昇進」(素敵な日記文学)、「快癒」(笑い難い健康譚であることに、笑ってしまってから、気づく)。更に、カリンティの「ヴィジュアルな統計」(ビールを東京ドーム400杯!!)、そして「回復手術」(師は越え難し?!)。

チェコ語ができたら、もっと面白い本をいっぱい発掘できるんじゃないかな、という気持ちになる本だった。

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抜けたネジ

今日は全くネジの抜けてしまったような一日であった。というのも、例によって一日中部屋で机に向かっていたにも関わらず、一切生産的なことをなさずに過ごしてしまったからだ。これなら、遊びに行っていた方がまだ許せるという気持ちになる(本当は明日一日遊ぶので今日は真剣に勉強しなくてはいけない…)。

それでも、何とか来週の月曜日の予習の一部と、土曜日までの宿題に手をつける(ただし、全然終らない)。

自分でも、自分が「頭が悪い」わけではないと思う。やればできるはず。でも、やらないのでできない。それが判るだけに、ものすごくもどかしいし、自分が許せなくなる。でも、「許せない、許せない」とつぶやいてマイナスの循環を作っていた先月までとは少し違う自分になるために、今日をポジティブに位置付けることにしよう。

今日はリフレッシュの日であるよ!! ネジを抜いて、分解掃除をすることがどれだけ大事かは、機械時計を持ってみればわかること。もちろん、子どもには分解した時計は、元に戻せないので、気をつけなくてはいけないよ。

思わず、英語のできないところを露呈してしまった: パントってpuntって書くんですね。辞書見たら、写真入りで載ってました。はぅ。でも何だか、お江戸の川遊びの舟に似てるなあ。

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05/03/2004

バランス感覚の移行

Neue Züricher Zeitungの4月30日付の記事より。昨年の総選挙で「魔法の方程式」と呼ばれた各政党の獲得議席の配分に大きな変化が現れたのは、中道政党への支持層が右派SVP(Schweizeriche Volgspartei; スイス人民党)と、左派のSP(社民党)とdie Grüne(緑の党)に割れたためである、という分析結果が出た。

GfS研究所の分析によると、二つの中道政党の内、FDP(自由党)の支持層は新たな経済政策を求めて、右派のスイス人民党へ流れ、もう一方のCVP(キリスト教人民党)の支持者は左派の社民党や最近力をつけつつある緑の党への投票傾向があるという。

中道政党の敗北は、彼らが潜在的な投票者を動員することに失敗していること、それに対して、右派左派の各政党は自らの支持層の取り込みに成功していることにある、とGfS研究所は分析している。


スイスは長いこと「魔法の方程式」と呼ばれた各政党の議席配分と、それに伴う閣僚のポストの配分の固定化が主流を占めていた。これが時代の流れで変わろうとしている。保守的なお国柄がどんな方向へ向かうのか、それまでのスイス史の紹介が無効になるかも知れない事態を向かえているような気がして、少しドキドキする。

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旅ゆけば…

ゴールデンウィークは一体どれだけ車が走っているのか知りたくて、友人と二人して茨城の国道51号を走りに出かける。そして活然として悟った。ゴールデンウィークの渋滞は結局道路の許容量以上に車がいるのでスピードが出せない状態であり、事故などが原因でビタと止まってしまうのとは違う、ということ。そして、サービスエリア、パーキングエリアではみんなが自然の呼ぶ声に従うためにスピードが減少し、渋滞するということ。

曇り空だったが、道中のおしゃべりに時間を費やして楽しむ。長いつき合いだから、色々な話題がつきない。特に仕事関係はとても参考になる。住む世界が違うということを実感。偉くなって欲しいよ。

また、鮟鱇鍋を初めて味わった。味噌仕立て。

最後に上着を忘れて降りてしまったのは、御愛敬。土曜日に東京でお渡ししますよ。

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先が見えない

International Herald Tribuneの5月3日付の記事より。イスラエルのシャロン首相が率いる与党リクードで、首相が提案する「ガザ地域からのイスラエル軍兵士、および入植者の撤退」という案を、党員投票で否決した。日曜日の投票では、60%の党員がシャロン首相の提案に反対した。この投票には法的な拘束力はないが、シャロン首相の支持基盤の安定性にも不安が投げかけられることになった。

党員以外の一般の世論調査によると、イスラエル人の3分の2が首相の提案に賛成している、という結果も出ており、首相も「多くのイスラエルの人々がわたしの計画を支持してくれていることは知っている」と述べ、首相として続投する意志も明確にした。


シャロン政権が与党の内部で支持を失うようなことになれば、長期的には解決に向かうのかも知れないが、また不安定性が増すことになるかもしれない。

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05/04/2004

出血大サービス!!

朝日新聞の5月3日付の記事より。華厳の滝を流れる水の量がこのゴールデンウィーク中三割増しになっている。この滝は日本三大瀑布の一つであるが、上流にある県営のダムがあり、水量はその水門の操作で任意に操作できる。

華厳の滝の周囲は一時国有化された足利銀行の融資を受けた旅館も多く、観光業界は苦しい。その観光業界を支援するために、農業用水を放出する「出血大サービス」ということになった。


華厳の滝は夜間水が流れなくなるという話を聞いたことがあるが、逆に「三割増し」で流すなんて話は初めて聞いた。しかも、これから水田は水を必要としているはずなのだが、良いのだろうか。

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共通通貨

International Herald Tribuneの5月4日付の記事より。EUの新メンバーによる、共通通貨Euroへの加盟競争が月曜日に始まった。7月にはリトアニアとエストニアが加盟に向けた第一歩を踏み出すという。

旧ソビエト連邦の諸国は共通通貨制度への加入を強く希望している一方、旧来の共通通貨利用国首脳や中央銀行首脳は新メンバーのEuro加入は急ぐべきではない、としている。

新たにEuro圏内入ろうとする国は、経済的な基準を満たし、さらに2年間にわたってEuroとの安定した比率を維持しないといけない。

若くてダイナミックな新興資本主義国と、旧来のヨーロッパ諸国が本当に通貨を共有すべきかどうかという問題は、Bank of Americaのヨーロッパ主任エコノミスト、Holger Schmiedingの見るところ、「新しい国の経済がどれだけ小さくて、解放的かに依っている」と考える。リトアニアやエストニアにはそれほど問題がないだろうが、ハンガリーやチェコのような大きな国は「もう少し準備が必要」であろう。

Euro圏内に入ることは、独立した経済政策を遂行する強力なツールである肯定歩合の策定などを権限として持たなくなることであるが、ヨーロッパ中央銀行の理事会ではドイツなどの経済的な大国と同等の権限を持つ(各国一票ずつ)ことになるので、経済政策の面では経済力に比較して大きな影響力を持つことができるようになる。

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ポジティブさ

今日もうまくいかない一日として数えられるだろうな、と思う。本もまともに読めない、頭もまともに動いていない、そんな人間を学生とは呼ばないだろうから。今のわたしは一本のフイゴつきパイプに過ぎない。フイゴは空吹かしを繰り返して、パイプは上から下へ物体を流す。ちなみに、まだ鞭毛などの運動機関は発達しているものの、十分な活用はなされていない(一応散歩に出たが、出た途端に雨が降って、大半は本屋で立ち読みである)。

人間が人間らしくある、ということがどういうことであるかについては、きっと色々な意見があるはずだが、少なくとも今のようなわたしの状況を「人間らしい」とは言わないだろう。猿を馬鹿にするわけではないが、動物園にいる彼らの方がわたしよりもきちんとした活動をしているこの現状で、とても自分を「人間です」などと思いたくない。

そろそろポジティブなんて諦めてしまった方がずっと良いんじゃないか、と。ポジティブサが自分を含めたあらゆる人の赦しを得たことの読みかえ(明るい新未来へ!)になってしまうだけなのではないか、と。

今日は初鰹。生姜醤油が舌に美しい。質に入れるひともいないので、わたしの代わりに買ってきてくれては、食べさせてくれる家族のいることに感謝するしかない。一方でそろそろ独立していかなくてはいけない、という気持ちもあって、焦りを生んでいる。家族との関係性が悪化していくことだけは避けなくてはいけない。

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05/05/2004

スイスでも厳しい

Neue Züricher Zeitungの5月5日の記事より。スイスで教授職につこうと思うのであれば、持久力と運が必要である。特に、スイスには教授職につけなかった人への「安全網」の役割を果たすものは用意されていないので、大変である。

バーゼル大学の学習指導担当(Studienberater)である、Markus Diemによれば、教授職につくためのロールモデルとなるような成功例は存在しないという。「たくさん出版し、正しい時に正しい場所にいること」しかアドバイスできないという。チューリヒ大学の助手連盟(Asistantsvereinigung)の調査によれば、3%の人間しか教授になる機会を与えられていないという。にも関わらず、18%の卒業生が大学に残ることを選んでいる。また、ドイツから多くの競争相手が参入してくることが状況をさらに困難にしている。ドイツではスイスよりも多くの人が大学に行き、さらにスイスでの給与はドイツのそれよりも高いため、多くのドイツ人が職を求めてスイスにやってくるという。

この状況は特に社会・人文科学の分野で顕著である。経済学の分野ではそもそも学問の分野に残ろうという人の数が限られており、また自然科学分野は多くの予算とポストが公立、私立を問わず存在する。多くの人文・社会科学の研究者は3年から6年の任期でプロジェクトに関わり、糊口をしのいでいる。

多くの教授職につけなかった研究者たちは最終的には半分ほどが連邦の職(プロジェクトで関係ができる)や、専門学校の教師になる。


この間、ドイツでの状況に関する記事を見つけてきたところだが、スイスでも同様な問題が生じているらしい。そして、同様に人文・社会科学分野で。制度が似ている二つの国と日本を単純に比べてはいけないが、朝日新聞の社説でも非常勤講師が話題になっていたことを考えると、結構大きな世界的問題になっているのかしら、とも思う。

それでも、飢えて死んだとか、「社会から抹殺すべき」という声を聞かないだけでも、まだ大丈夫と思うべきかもしれないが。

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ゆっくりと行こうじゃない

今日は一日雨が降っていた。というわけで、例によって、外へ一歩も出ずに過ごしてみる。ということは、わたしの定位置である机の前に座り込んで、ひたすら仕事に関係ない本を読む。ニヤッとしたり、ちょっと違うなあ、と思ったりして。友人から誕生祝いにもらった文庫本カバーが嬉しくて、今日はもっぱら文庫本をとっかえひっかえしている。青い布製のカバーに、皮の栞がついたカバーは手に馴染んですごく良い。

昔住んでいた家の隣に公立図書館が改築されてできた時、ビニルでできたブックカバーを記念品に配ったが、そのときにもすごく嬉しかった。何だか、その本カバーにかけるという行為が楽しかったのだ。ただ、そのカバーはやはりそれほど高級ではなかったので、数カ月使っているとどうしても壊れてしまった。本を出し入れしていると、カバーの折り返しの部分に力がかかるのである。ビニル製だとそこは圧着なので、力がかかり続けると弱い。

そこが今度のは布製なので、しっかり糸で縫ってあり、非常に力強い。物を貰ったから言うわけではないが(と書くと一層際だつなあ…)、良い友人を持ったなあ。

勉強はほんの少しずつ進み始めた(もちろん、思いっきりポジティブに評価したならば、ということだが)。宿題は一つ片付いたので、もう一つ明日までに終らせれば寝られるぞ。

また友人繋がりの話題であるが、現状の愚痴を聴いて貰う友人を多く持っていることを改めて実感する。彼らにも感謝である。

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05/06/2004

環境と経済

朝日新聞の5月5日付の記事より。国内重工業各社は、今、風力発電機の受注に力を入れている。国がクリーンエネルギーとして、風力発電の導入に力を入れていて、自治体や発電業者の需要が高まっているからだ。

三菱重工業は東京電力系の「宗谷岬ウィンドファーム」に発電機58基を60億円で受注した。この発電所は来年の11月に稼働し、57千キロワットの発電力を持つという。また、受注数はそれほど多くないものの、川崎重工業も国内初の洋上発電施設に600キロワットの発電機二基を納入するなど実績を伸ばしている。

世界ではこの8年間に風力発電量が6倍以上に伸び、2003年末には約39000メガワットが風力で発電されている。日本では風力発電の導入が進んでいないが、政府は2010年度には300万キロワットを風力発電にすることを目標にしている。

1000キロワット程度の施設一基で約1億円とコストはまだ高いため、「主な収益部門に育つのはまだ難しい」という見方もあるが、量産によるコスト減に期待が集まっている。


環境意識の高まりとともに、大切な産業として発展してきた感のあるクリーンエネルギー産業。実際、国際競争力をつければこれから大きな市場が開けるだろうと思われる。けれども、問題がない訳ではないだろう。それが例えば、風力発電の環境(特に生活環境)に与える負荷の問題である。

ドイツ、特に旧東ドイツを電車で旅しているとものすごく大量の風力発電施設を目にする。森の真ん中小高くなっていたら必ずあると、思えるほどに多い。当然、この発電機はクリーンエネルギーとして政府の補助のもと導入された訳だが、これが「環境に優しい」と言えるかどうかは、実際少し疑問もある。というのも、風力発電装置(なぜか大抵白い)はものすごく目立つ施設で、しかも周りとの調和がほとんどはかられていない施設なのだ。また、モーターを風の力で回転させて(中学の理科!!)発電するので、音も大変大きい。

最初、物珍しいうちは数基周りにあっても、かまわないかもしれないが、あれが段々数を増やしていくと必ず問題になると思う。特に、観光地や住宅地の近くではいくらクリーンとはいえ、設置しがたいだろう。そういった面ではまだ発展途上なので、研究が進まなくてはいけない。

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ドーピング

連休があけて講義が復活する。木曜日は講義日なのである。

ところが、今日は一年ぶりに講義がとてつもなく眠くなっていまい、分科主任の講義でガクガク舟を漕いでしまった。しかも、最前列で。意識が10分おきに遠くなっていきながら、「いかん、これはいかん」と思い続けてノートにペンを走らせるのだが、ミミズでも不可能なのたくりを書いてしまうばかり。そして、数分が過ぎると、また意識がぼぉっと戻ってきて、罪悪感に駆られることになり、また段々と意識が遠くなっていく。

結局、この時間は諦めて、続いてある指導教官の講義の前に生協に走り、「ファイト一発」投入した。低空飛行だったが、ドーピングで乗り切る。

夕方からは今度わたしが講義する番で、これも徒労感の中で数学の問題を考えたりするので、散々な結果に終ってしまった。数回嘘を教えて、「ごめんね」とか言うはめに。嗚呼、笑って許してくれたのは良いけれど、権威もなにもあったもんじゃないね。

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05/07/2004

次のステップへ

International Herarld Tribuneの5月7日付けの論説より。Hakan AltinayとAryeh Neierの見るところによれば、トルコはEUに加盟するための多くの改革を既に行ってきており、この事実をEUはきちんと評価すべきだと言う。

トルコ政府はこれまでに、死刑制度を撤廃し(それがクルド人リーダーへの死刑執行の停止を意味するにもかかわらず)、公判前の拘束制度をやめ、また報道や出版を規制していた法律を撤回した。さらに、南部に恒常的に出されていた非常事態宣言も25年ぶりに解除され、ヨーロッパ人権裁判所の法学(jurisprudence)を受け入れ、さらには国防省や国防大臣のこれまでの権限を縮小し、予算面でも教育へのより重点的な配分を始めた。

もちろん、改革はまだ十分に進んでいるとは言えないが、EUはトルコによって成し遂げられたことを誇りにすべきであり、12月に正式な加盟交渉を始めるかどうかを決める会合で、加盟の見通しに合意するべきである。また、先延ばしにするのであれば、きちんと今まで成し遂げられたことを評価するべきである。

そういった支援がなければトルコの改革は止まってしまうだろう。


トルコの加盟問題は常に問題であり続けていて、この論説でも言及されているような、EU内部からの反対の声は大きく取り上げられる。その一方で、日本にいるとトルコがどのような努力をしているのかは、見えにくく、結局、何だか「文化摩擦」を見ているだけになってしまう感じだ。という訳で、この論説の例示はとても面白かった。

特に、死刑制度の廃止に踏み切ったのは、結構大きな一歩なのではないだろうか、という気がする。ヨーロッパはその是非は別にして今は死刑制度には基本的に反対の立場を取っているはずだし、「人権問題」を重視するので大きな得点になると思う。

しかし、他方でEUをどのように位置づけるかはまだ議論が分かれているので、トルコがすんなり加入するかどうかはまだ判らない。多分、トルコが加盟する日がEUの拡大の終わる日なのではないかとは思うが。

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さあて、スタート

今日は本部のあるキャンパスにお出かけ。卒論で「間違ってる」と言ってしまった手前、その人が本当に間違えているのか、そしてそれに気づいて撤回していたりしないか、調べなければいけない気持ちになって、論文を探しにいく。これがドイツ語で書いてあったりして、「全部読むのかいな」という感じもある。

昼ご飯はというわけでそちらのキャンパスでこの春からめでたく大学院生な友人と。彼女はやればできるひとなので、色々と手を出していて、しかも手を抜かない、という友人としてはやや心配になる人である。もちろん、わたしと違ってやればできてしまうところが偉くもあるのだが。ただし、さすがに疲れてきている感じがする。「無理はしないで」とお節介ながら言ってしまった。そういうことは言わないと決めていたのに…。

夕方は指導教員決定のための集まり。ひとまず昨年度お願いした先生に改めてお願いすることにする。今日からまたスタートである。

今日は新しくマスターに入ってこられた方の歓迎会と、親睦会をかねてパーティがあったのだが、財政的な事情により欠席することにした。本当は指導教員の先生も出ていらっしゃるので、出た方がいい気もしたのだが、背に腹は代えられない。代わりに図書館で少しドイツ語と格闘(前述の論文ではなし)。

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05/08/2004

新たな火種

The Daily Starの5月7日付けの記事、および、5月8日付けの記事、そして、Haaretzの5月8日付けの記事より。5月8日の現地時間午前5時頃、レバノンとイスラエルの国境(Blue Line)付近で、イスラエル軍の国境警備隊と、ヒズボラの間の戦闘があり、イスラエル軍兵士一人が死亡し、五人が負傷した。戦闘はレバノン南部の村、Shubaで行われ、停戦ラインを越えて侵入したイスラエルの国境警備隊、および空軍機との間で行われた。

金曜日の午後に行われた、イスラエル国防軍のGantz将軍の会見によれば、ヒズボラはGladiola前哨基地に対する大規模な攻撃を準備していた、という。

レバノン政府は国連安全保障理事会に対して、イスラエルの越境を批判した。


イスラエルがまたいろいろと始めているのだろうか。情勢が不安定化しないことだけを期待したい。

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アイスティー始めました

今日は素敵に晴れ上がった。外でぼぉっとしたい気持ちもあるけれど、大学に出かける。休日の電車はこの太陽に誘われたのか、結構な人が乗っている。みんな幸せそうで(もちろん、傍目にはそう見えると言っても、本当に幸せなのかなんて判りっこないが)、おしゃべりのざわめきが心地よく眠気を誘う。そういった「お誘い」には逆らわないことにしているので、サクッとワープ。気づいたら乗り換え駅で、ダッシュで電車を降りる羽目になったのはご愛敬(自分で言うな…)。

図書館で確認すると、昨日得た情報は正しかったことを確認。ただ、平日にしか問い合わせられないということで、要確認だな、ということ。

今日は生協で買いたい本があったのだが、土曜日は書籍部が開かないんだそうで。というわけで、昼ご飯を今日は食べることに決定(さもしいことだが、本を買うとお金をそれ以上使ってはいけない気持ちになるので、昼ご飯が犠牲になることが多いのだ)。ご機嫌でフィッシュサンドをお買い上げ。「アイスティー始めました」とばかりに、この夏初めてアイスティーを頂きながら、一度読んだドイツ語の本を反芻。調べ残しがあったりして、「おいおい」と自分に突っ込みつつ、読む。

午後はGoethe。建物の前に「見たことあるなあ」と思う人がいたが、その人が眼鏡をかけてるところをみたことがなかったので、違うだろうと思って通り過ぎたら、「かもクン」と言われた(お姉さまなのです)。ターボチャージャーについて訊かれたが、答えられず(申し訳ない)。

宿題を一つ完全に忘れていたりして、凹。さらになんだか自分の進歩がないような感じが耐え難く、凹。当てずっぽで答えた答が全部外れて、凹凹。

まあうまくいく日ばかりではない。

帰りしな渋谷駅で、この間忘れていった上着をお返しする。3分でバトンタッチが完了したものの、3分前に直通電車は出ていたりする。まあ、元気そうな顔を見たので良しとしましょう。

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05/09/2004

比較すれば安いはず…だったよね

朝日新聞の5月8日付の記事より。原子力発電所の使用済み核燃料の再処理などの後処理に必要とされる18.8兆円について、電気事業連合会は、利用者から徴収した費用を独立管理する新法人を設立すると、11日国に提案することになった。

青森県六か所村にある再処理施設の運営に必要な10.1兆円はすでに電力各社が利用者から徴収して積み立てており、新法人に移管する。また、不足分の8.1兆円も電力料金に上乗せして電力会社が徴収し、新法人に移管する仕組みを作る。ただし、すでに各社にある引当金を一度に現金で移管するのは難しいため、15年ほどかけて段階的に移管することを、電力各社は求めていくという。

構想によれば、国の指定する新法人が再処理費用を一括で管理し、各社は費用が発生するたびにそこから引当金を引出し、処理業者である原燃に支払う仕組み。


原子力発電は後始末にお金も手間もかかる。その処理に使われるエネルギーまできちんと計算に入れると、本当に「環境にやさしい」とか言えるのだろうか。少なくとも、お金がかかる、ということは何か活動をしているわけで、ということはエネルギーを使っているわけですよね。

それにそもそも、「エネルギーソースがないから原子力」と言われても、そして、「ウランを輸入し続けるのは国策上まずい」から核燃料サイクルと言われても、再処理をすべて自分の力でできるわけではなく、結局はるばる海を越えてフランスで処理してもらうわけだ(中東よりも遠い)。もちろん、きっと彼らの中ではフランスが「私たちの敵」になる日など想像していないのだろうが。

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新しいアイデンティティ?!

International Herald Tribuneの5月8日付の記事より。欧州委員会[europa.eu.int]は先週5月1日の東方拡大前日に「.eu」というトップ・ドメインの導入を決定した。

ブリュッセルに本部を持つ非営利の団体EurIDを、ベルギー、イタリア、スウェーデンの登録業者を指名して作らせ、その団体がさまざまな登録業者を指定する。登録はまず公共部門、国家、政治的なトレードマークや地名からこの秋に始まり、一般の人々が自由に早いものがちで登録できるのは、2005年の始めからになる。


個人のアイデンティティのメルクマールとして本当にインターネットのドメインが何か機能を果たしているか、少し謎だけれど(事実、わたしの加入しているプロバイダは.comだし)、EUに加盟している国々に共通で存在するものが、旗だけである事実を考えると(EuroはEUに入ってないと、持てないが、それは必要条件でしかない)、二番めに来るのがInternetのドメインというのは中々興味深い。

EU議会の選挙に立候補するには必須のドメインであることだけは想像に難くないが、あとは誰が使うんだろうか。

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泡々

今日は母の日。わたしを産んでしまったこと、育てざるを得ないこと、そして毎日顔をあわせなくてはいけないこと(その上、留年までして!!)。そういったことを少しでも償うべく、いつもは手を出さないようなことに手を出してみる。

朝・晩の皿洗いを久々に。ついでに、明日の朝のためにご飯を研いだ。無くなってしまった日記データのどこかに書いたことがあると思うけれど、わたしは皿洗いを愛している。片付かないわたしの性格や部屋を見たことのある人は驚愕の表情を浮かべるのだろうと思うが(実際、言ってみると相手の目が全然信じていないことばかり)、わたしは好きなのだ。片付いていくプロセスよりもあの泡が。

幼い頃は非力で無知だったために砂場で大きな勢力を維持することもできず、満足に泥遊びをできなかった。小学校に入ったら違うものに興味が移って、結局、わたしは泥んこ遊び経験が必要量集めることができなかったのだ。そして今わたしはなんとかその不足分を取り戻すべく、努めるのだ。

というわけで、素手に合成洗剤を塗りたくって、マヨネーズの載った皿、醤油皿、油っぽいフライパンを黙々と泡々する。踊り字が必要以上に舞っているが、皿洗いという行為本質的に「々」の似合う行為なのだなあ、と思う。水で汚れを落とし、洗剤のついたスポンジをなすりつけ、水で流す。それを何セットも繰り返す内に段々自分でも上手になるなあ、という気持ちが湧いてくるのだ。

最後に。わたしは妄想として独り暮らしがしてみたいと思っている。でも、以上の描写を見ればわかるように、どうやら独り暮らし向きの人間ではないのだ。一時が万事、無駄の多い性格をしていると続かないことは四年間友人たちを見ていてしっかり学んだから。でも、皿洗い、好きなんだなあ。

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05/10/2004

特別貸し出し

  • 申請書がいる(図書館にあり)
  • 指導教官のサインと印鑑がいる
  • 20冊を30日貸し出し
  • ただし、延長はなし

確かに限度いっぱいまで借りることもあるから、ありがたい制度だけれど、わたしはどちらかというと一冊の本をじっくり読まないといけないので、やっぱりこれでは不満かなあ。基礎的な文献は買えということね。

ひとまず、指導教員の先生に印鑑をもらいにいくこと。

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雨のち曇

いや、「ひょっとして、かな」、とは思いつつ追い越してみたのですが、そうでしたね。お久しぶりでした。

ある先生へ。お名前は存じ上げませんが、年度末まで研究用に本を借り出すなら、「保存図書」からかり出してください。学生が書庫から取り寄せるのは大変です。(明日カウンターに取りにいくこと!!)

雨の昼はお昼をどこで食べるか悩むことになるわけです。今年からは気兼ねなく学生室でご飯を食べれば良いのですが、習い性というのは代え難いもので、結局空き教室でこっそりと食べました。知り合いの研究室に遊びにいく手もあったけれど、いい加減厚かましすぎる学生なので、自重。

それにしても、雨のキャンパスの真ん中で人を泣かして立ち去った彼は凄いね。いや、ただただ感心した。

独立行政法人になったからかもしれないけれど、教室に既にエアコンが入っていて、思ったよりも寒かったり。独立会計になって早々電気代で破産したらシャレにならないので、なんとかならんものか、と。そもそも、設計思想として、集中管理制度は効率が悪すぎると思われる。フレキシブルさが足りないのは、今やこの大学の一つの特徴かもしれないが。

さて、今日は多摩地区へ大遠征だ。

段々知合いが増える感覚はいつになっても慣れない。名前と顔を覚えることはわたしの最大の苦手科目なので(惚れた人でさえかなり毎回苦労して、覚えたころには振られているのがここ数回…汗)、一人で焦り狂うことになる。今日会った人の一人は先週に引き続いて名前を交換し(相手が忘れていてくれて助かった)、もう一人は名前を知らないまま別れた。

帰りは10分以上早いという評判の経路で帰ってみた。でも接続がよろしくないので、結局、時間はそれほど変わらないという結論。しかも、乗換二回がすべて階段を渡らなくてはいけないし、後半30分は座れないことになる。やはり来週はまったり座って帰ることにしようかなあ。

今日は雨が途中でやんだのに、傘を忘れて帰らなかったことが評価できて、バイト代が入る日なのに通帳とカードを家に置いていったことが宜しくなかった。

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05/11/2004

晴れ

6時半起床。天気予報によれば今日は28度まで気温が上がるんだそうだ(乱高下で段々焼け糞になりつつある)。

起きてみたら小学校時代の友人からメールがきている。嬉しくなってアドレスを交換。彼とは色々「冒険」したなあ。ちなみに彼も今年から社会人。あわわ…

知り合い二人(片方は推定)と同じ電車になったけれど、タイミングを逸した。無視した訳じゃないけれど、きっと感じ悪いだろうな。あわわ…。そのあと、高校の友人に。就職活動も大詰めのようで、この暑い中スーツ姿で大変である。男前に見えるのが羨ましいが…。さらに、もう一人先生にお見かけしたので、勇気を振り絞って(それでも10秒は考えた)ご挨拶。にっこりしてもらえた。安堵。

美術博物館の新収蔵品展を眺める。現代美術は先に解説を読まないと苦しいなあ。でも、面白いのもあり。基礎演習で担当だった先生が委員長なので、応援中。

バイト代が思ったより入っていた。そして、早速三分の一ばかり紙の山に投資。いや必要な本なのですが、どう考えても一冊8500円は売る気がないと思われる。既に出ている訳があまりに酷いから買わざるを得ないと踏んだか? 山積みの本は既に埃をかぶってくしゃみが出そうだったので、棚に入ってるのを。

書庫から取り出した本は無事借受。

昼ご飯を食べていたら、久しぶりに携帯にメールが入った。「一体何か」と思ったら、知り合いの研究室でこの間設定したネットワークプリンタが動かなくなった、という。出かけていって原因を探る。どうやら、ルータがアドレスを変えていたのがいけなそうだった(DHCPで構わなそうだったのになあ)。というわけで、プリンタのアドレスを固定し、すべてのコンピュータの設定を直す。無事復旧。

夕方勉強会が終わって建物を出たら、今度は大学入ってからの友人に出会う。わたしも勉強せねば。

指導教員の先生に特別貸し出しの用紙に印をもらい、出しにいったら対応は9時17時の間のみであるとのこと。明日か明後日、大学に来て処理しなくてはならない。

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アクレサンドル・ヘモン『ノホエア・マン』読了

サラエヴォ包囲という事件が一体どれくらい前に起こったのかさえ、忘れてしまったような気がする。その頃(と言って著者略歴を調べてみる…)、まだ小学生だったわけで、きちんとした理解力があったわけではないかも知れないが、毎朝の新聞は隅から隅まで読んでいたし、その当時住んでいた国には実際難民が押し寄せていたりしたので、「難民キャンプだよ」と噂される場所も見かけたことがある。それでも、ちっとも覚えていない。

この本は、そのサラエヴォからアメリカに旅行中に包囲が始まってしまい、アメリカに残ることを余儀なくされた作家が(英語で!)書いた初めての長編である。この小説の主人公もヘモンを引き写すかのように、サラエヴォから逃れてきた。

この小説がわたしにとって新しかったのは、主人公のヨーゼフ・プローネクは、何か行動する主体であるよりも、「わたし」やその他の登場人物に観察される客体として描かれていることである。ともすれば、一つの章の中でプローネクの果たす役割が脇役的なのではないか、と思いたくなるような箇所も多いのだ。それがふるさとを離れた時に感じる「見られている感じ」を表現しているのかどうか、わたしはわからないけれど、中々素敵な構成だと感じた。

帯に突っ込みを入れるのはルール違反と知りつつ、島田雅彦の帯書きはちょっとどうか、と。本当に読んでああ書いているのかしらん?

  • アレクサンドル・ヘモン『ノーホエア・マン』白水社、2004年。2300円。

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    05/12/2004

    曇り

    昨日の今日で気温がまた下がった気がする。

    今日は免許の講習会を受けに免許センターに。警察署で指定された日がわたしの講義の予定にぴったり当てはまったりするわけです。ちなみに、時間の指定は9時から9時45分に、二俣川の免許試験場に来るように、と。正直者のわたしは9時より前に余裕をもって免許センターに行ったなら、案の定、その時間は受け付け時間で、結局講習が始まったのは10時でした。

    講習は、映画と「自己診断」、そして事故データや法改正の要点説明という組合せ。映画はさだまさしの歌(タイトルがわからないけれど、事故の償いで送金をし続ける歌)を挿入歌にしたもの。飲酒運転で(さだまさしの歌は「疲れていた」はずだぞ)人を引き殺してしまった男の物語でした。

    この映画の言いたいことは基本的に理解できます(お酒を飲んだら運転してはいけないし、一回の事故がその人の人生だけではなく、殺された人の家族や、自分の家族の人生を変えてしまう)。それでも、二箇所どうしても承伏しかねる部分があるのです。それは、加害者側の家族が受ける、「社会的制裁」と言う名のいじめです。彼の長女は中学校で「人殺しの子」と呼ばれ、妻はゴミを捨てに出ていくと(聞こえるほど大きな声で)、「どういうつもりでこの街に住んでるんでしょうね」と言われるのです。一体、この国の社会はいつから法治でなくなったのでしょうか。

    全く理由なく格好の標的ができたという理由でそういう発言をするなら、彼らは厳しく糾弾されなくてはなりませんし、もし何らかの理由、例えば「被害者の代わりに正義を果たしてやっている」、があったとしても、それは全くの独りよがりで許容の余地はないはずです。被害者の怒りを横取りして、自らの溜飲を下げるために使うというのは大変卑怯だし、それは被害者の気持ちをかえって踏みにじる行為として描かれなくてはならない性質のもので、少なくとも交通事故の責任としてカウントされるべき代物ではないのです。

    被害者の怒り・哀しみ、そして本人の負う精神的な苦痛(自業自得と簡単に言い切れるでしょうか)、さらに金銭的な負担…そういったものを指し示すことがひょっとしたら何らかの抑止になると考えるのは理解可能ですが(それが効果的かどうかは疑問が残りますが)、社会的ないじめも引き起こすということは理解可能でもないし、許容できることでもありません。

    地元に戻って警察署に届いた免許証を受け取ったら、何だか「ヒッピーのなれの果て」みたいな写真で、しかも目つきも悪かったりして悲しかったです。

    夕方のバイト。学生に弱点を押えられいじられるのは、コミュニケーションが進むという点では歓迎すべき事態だけれど、彼の勉強する手が止まるという宜しくない副作用も生んでしまうようだ。バランス感覚の難しさを学ぶ。

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    05/13/2004

    曇りのち雨

    いるよね、天気予報で雨と言われる日に限って傘を忘れる奴…嗚呼。さて、夜の仕事の時間までなんとかやっていけるのでしょうか。

    書きかけた宿題が吹っ飛んだら、それは誰でも愚痴りたくなる。という訳で早く出勤。でも、いつも座って寝ながら上京するのに、今日は電車が混んでいて座れず。というわけで、眠いぞ。このままでは講義で寝そうだ。二週連続ドーピングの予感…。嗚呼。

    本格的に疲れる。「もう駄目」と口に出して誰かに愚痴りたいけれど、それを聞いてくれる人もいない。こういうときには、そしてこういうときにだけ、「一人じゃいやだ」と思う。けれども、現実としては自分の言葉に酔ってしまうこともないわけで、悪い循環が断ち切れているのかも知れない。とにかく、疲れた。

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    05/14/2004

    晴れ

    体全体がだるく、昨日の晩に今日は夕方まで登校しないことに決めたのは正しい選択だったか。ひとまず、借りてしまった本を読まねばなるまい。

    昨日の日記は書くべきではなかったと思う。わたし独りが疲れているわけではなく、「話を聞いてくれる友人がいない」のではなく、ただ自分から頑張って通信する努力をしていないだけ。独りになってしまったのではなく、独りにしてしまったのだから。仕事をしている友人を前にして、どうしようもなく劣等感を覚えて、卑屈になっているだけ…(…おいおい今年はポジティブに生きるはずだったろう?)。

    夕立ちの気配のただよう中、上京して友人の卒論に向けての試論を聞く会を。トピカというものを初めて少しかじったことになるのかしら。素敵な体験だった。

    終って夕飯を食べに行ったら、定食屋さんで学科は違うもののいつもお世話になっている先輩二人にお目にかかり、更には彼女たちに席を移らせてしまう…自分でもおいおいと思うが、ありがたく三人で座らせてもらったりして。

    それにしても、つくづく聞き上手[google.co.jp]になりたい、と思う。心の底から思う。あるいは、「ハオハオ[shiawasehp.net]」と言ってみるとか。とにかく相手を遮って、反論を加え、論駁し、張ったりに適当な論拠を見つけてくるというスタイルは絶対に変えないといけない。「なんて厭味で失礼」という第一印象を与えるような人間ではいけないよ。

    朝青龍の連勝ストップ。しかし、良い相撲だったと思う。来場所の対決が楽しみ。

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    05/15/2004

    晴れ後曇

    朝起きは得意科目だったはずなのに、段々生活が乱れてきている。疲れもあるし(正直、ここ数週間の気温の上下にはついていけてない)、あちこちにストレスが溜りつつあるからでもあるのだが、言い訳ばかりしていてもしようがない。

    朝ご飯を食べて上京。大学で勉強しようと思ったが、赤坂には図書室もあったはずと思って直接出かける。記憶違いで、実は13時オープンと知る。というわけで、公共の図書館へ移動する(区民センターとは全然違うところにあるとは!)。とりあえず、今日の宿題を終らせる。

    お昼ご飯を食べにサンドイッチ屋に行ってみると、月一回の通訳講習会でいつも一緒のお姉さまがいた。早速、楽しく談笑。というか、遊んでいただく。「かもくん、こっちのコースにきなよ」ってまた言われたが、どうも語学力がついていかないわけで。そうこうするうちに、もう一人お姉さまがいらっしゃって、楽しい対話が広がる。

    "Lost in Translation"の話で「通訳駄目だと大変、って先生が言っていたけれど、ああいうことなんだろうな」というコメントが出たのが、流石!という感じ。

    今日の講義は比較的うまくいったところが多いかな。しかし、知識の正確さに欠けるのはいかんともし難く、反省しきり。

    返り道は件のお姉さまたちの行っている通訳コースの方の先生と駅までご一緒する。きき上手な先生なので、人見知りすることもなく喋り倒してしまった。嗚呼。困ったね。

    最近、新聞の記事を訳していない…今週はちょっと忙しかったせいもあるが、ちょっと興味あるテーマを見つけたので、明日の朝、何とかしよう。

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    05/16/2004

    誰が守るのか

    Die Zeitの5月13日付の記事より。ケルン行政裁判所が下した、連邦軍の招集は自由意思に基づくべきである、という判決についての議論が広がっている。青年社会党員、自由党、そして緑の党の代理人は、「兵役制度は終わりに来ている」とコメントしている、一方、政権を担う社会民主党の国防大臣は、「われわれの軍隊を職業軍人で構成したいのであれば、より多くの金がかかることになる」とコメントした。

    現在、そもそも任務につかない男性が多くあり、このことが兵役制度の公正性の議論を呼んでいるわけだが、この状況は兵役よりもその代替としての兵役代替奉仕(Zivildienst)を行なう者についてあてはまる。現在、一年に42万人の若い男性が兵役につくことになるが、その内12万人が国防軍での兵役を選択し、16万人が兵役を拒否、7万人が兵役不適格となる。その他に1万2千人が警察や国境守備、消防などの仕事に就いている。兵役拒否した者の内、実際に仕事に就いているのは、9万5千人である。これは、連立協定の中で、国防軍で働いている人数よりも代替奉仕の人数を増やさない、と決められており、また政府が代替奉仕者を使う社会的な組織への補助金を減らしていることによる。


    実はきちんと訳せていないので、暫定的に。

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    曇ときどき雨

    何だか蒸し暑い。どうなっているのだろうか。体にこたえる天候の変化である。

    今日は家で読書。ドイツ語で書かれた日本人の論文を一つ(der Gedankeの格変化は反則だと思う)、そして古典の一部(翻訳を買って良かった…かな)、そして明日の予習。でも、何だか漫然とやっているような感じしか持てないので、あまりやっているうちには入らないのかもしれない。

    就職してしまった友人に久しぶりに手紙を書く。忙しいのは知っているので、きっと返事を書けないだろうが、なんとなく話を聞いてもらえる、そんな友人の数は多くないので、ひとまず送ってみることにする。

    手紙というやつは中々楽しい。わたしは手紙を書くことを愛する。そして、受け取ることもね。来週は関西にいる友人に書いてみるか、と思っている。

    頑張り屋の友人は少し息が切れたようだ。彼女にとっては屈辱的かも知れないが、まわりで観ている人間にとっては一休みしてくれるので、実は安心する出来事である。この時期に自分を嫌いにならずに乗り切れれば、きっと夏にはすごいことになるんだろうな、と思う。今は我慢の時期だ。

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    早いもの勝ち

    朝日新聞の5月16日付の記事より。長引く不況の影響で滞納税の額が国・地方あわせて4兆5千億円にも昇っている。その税金を少しでも回収しようと、国や地方の徴税担当者の間で競争がおこることもあるという。滞納税の徴収は早いもの勝ちであり、担当者は日頃の情報収集に力を入れているという。それでも、国と市町村の徴税担当者が倒産企業に対する取り立てて鉢あわせすることもあるという。

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    05/17/2004

    晴れ後曇

    薄雲が広がっているが、青空は見えている朝。もう梅雨じゃないか、と思いたくなる蒸し暑い朝で、それだけで憂鬱。

    ある便秘薬の広告が頭の中をめぐっている。口笛で気づくと吹いていたりして、自分一人で赤面していたりする。しかし、わたしは今日お腹がゆるめ…。むぅ。

    履修確認を受け取る。重複履修の科目の履修が認められていて、ちょっと楽しい気持ちに。いや、卒業単位には認められないはずですが…。自分に余裕がある状態でこういうハプニングが起こると、まあくすっと笑えて良いね。

    よし、気づいたぞ。髪の毛を切ったことに。素敵に変わってましたよ(言いませんでしたが)。いや、多分ドラスティックに切ったからなのよね、気づいたのは。そもそも同一性を認識できないほどだったんだから…。しかし、こういう強烈に不得意な科目でも進展が出てきたのは、良いことです。大学に入っていきなりの春に、凄く怒られたことを思い出しました。

    一人じゃない昼ご飯は楽しい。

    週末の調子の悪さは風邪の予兆だったのかなあ、ということに気づいた。空調の利いた図書館にいると、湿度は低くて快適だけれど、頭が痛い。困ったことだが…。

    結局、雨には降られずに遠征をこなして、帰ってくる。結局、どのルートを使っても時間はかかるということで、今日は大人しく本を読んで帰ってくる。

    「卒業アルバム委員会」からお手紙が、今年もやってくる。そりゃ、昨年度卒業していないのだから、当然かも知れないが、なんとなく「去年買ったよ」という気持ちになったりする。今年、同輩になってしまった後輩に訊いてみよう、「わたしの顔写真が君と一緒に載っていていいかね」、と。幾人かはきっといやな顔をし、もう幾人かはきっと「何馬鹿なことを言っているんだ」と思うだろうな。(友人の一人は「写っちゃえ」と言っている)

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    パスワード変更

    情報システムのパスワードが明日の夕方一斉に変更になる。

    利用規約に新しい文言が加わった。曰く、「本アカウント宛に大学の組織からメールにて広報が送られることを承諾していること」。きっと、SARS騒動のときに、いきなり送りつけて問題になったのもあろう。何より、独立行政法人ですから(どんな?、と問われても答えられないが)。

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    ブラハ『バルカン・ラプソディー』

    最近買った本二冊がバルカン関係の小説であるのは偶然だが、それでも本を買うということは概ねそういうことが起こり易いということでもある。ふとした興味関心が帯の釣り書きを読んだときに引っかかり易くさせているのかもしれない、などと思うのかも知れない。

    この間読んだ、ヘモンの小説はサラエヴォからアメリカへ移住した主人公だったが、今回の『バルカン・ラプソディー』の主人公の父ははナチスの被害を逃れ、アメリカ市民となった。そして、ルーツ探しのために、正確には父の遺した書きかけの自伝的小説を完成させるために、父の育った町、スロヴェニアのマリボル(Maribor;帝国書院の地図帳によれば、人口10-50万人で首都と並ぶ大都会)を訪れる。

    この手の小説にありがちな構成で、現在時間で主人公がなすことと、父の遺産の文章を基にした父の時代の描写が組み合わされている。現在時間はボスニア紛争であり、父の時代はオーストリアのハプスブルク帝国が消滅し、ナチスがやってくる。そして、人が死に、セックスする(死が覆っている小説で、セックスが入らないことがあろうか!)。

    物語自身は引き込まれる感じがあるし、スピード感も気に入った(事実、今日の遠征の帰りの電車で読み切ってしまった)。それでも、一番気に入ったパッセージは実に最初の26ページ目であった。当たり前のことなのだが、「民族自決」などという意識が生まれたのは最近なのだ、ということに突き当たったので(文科系学生らしく、サックリ忘れていた)。長くなるが、引用:

    「イグナツ・ドナールなる人物がおりました。さっきあなたのご指摘になったハプスブルク帝国時代のチェコ人で、父ヴィクトルの祖父、僕の曽祖父になります。君主制の頑固な信奉者だったそうで、そのせいで有名だった人みたいです。このイグナツ・ドーナルはしまいには帝国陸軍の現役少佐だか中佐になった。お分かりですか。たしかにチェコ人でしたが身も心も帝国に捧げた徹底的な軍人でした。一九一八年、最後の任地がマールブルク(引用者注:マリボルのドイツ名)だったんです。第一次大戦で帝国が敗れて崩壊したあと、彼は恩給生活にはいることも、グラーツ(引用者注:オーストリアの都市)の国防軍指令部連絡をとることも、いちばんの近道だったプラハのチェコ軍と交渉することもできた。だが、それをひとつもしなかった。以前から知り合いだったスロヴェニア軍のマイスター将軍を訪ね、スロヴェニア軍の制服を着て戻ってきたんです。しばらく経って新生「セルビア人クロアチア人スロヴェニア人王国」の軍隊にポルコヴニク(陸軍大佐)の肩書で勤務しました。理由はきわめてはっきりしています。”いかなる共和国にも仕えない”というものです。どうでしょう。共和国のために働けるかというわけです。チェコ人の彼は、ハプスブルク王朝がなくなったので、セルビア国王で我慢することにした。セルビア国王はなるほど単なるセルビアの王様に過ぎないが、国王つまり君主だったんです」

    別に「民族」という概念が意味のない概念だなんて思わないし、それが抑圧的にしか働かないなんて思ったりしない。だけれど、それは歴史的な脈略のなかで生まれてきて、ある機能(どんな機能かすぐには判らないけれど)を果たしただけのものであって、ひょっとしたらその機能を果たし終えたら、「君主制」となどと同じように腐っていってしまうのかもしれない。そういう疑いのもとで考えることは、少なくともただのへそ曲がりとは違うと思うのだ。

    原題の"Recherche"は「調査」という意味で、確かに日本語訳しただけでは中々内容が伝わりにくい、という訳者の意見を認めたとしても、この邦題はあんまりだ、と思う。更に、帯書きの「ミステリー仕立て」というのは完全にミステリーに対する認識が誤っている、と思う。ミステリ的ですらない、と思う。こういう細部をもう少し練ってもらえると、この本の魅力は増したのに、と思える。

  • パウル・ブラハ『バルカン・ラプソディー』佐久間穆(訳)。恒文社、1999年。

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    05/18/2004

    曇のち一時雨

    起きたときには少し青空も覗いていたのだけれど、どんどん曇ってしまったりする。

    タイポは消えない。あな恥ずかし。

    英語の時間になるとドイツ語が、ドイツ語の時間になると英語が出てくる。両方とも「外国語」という括りなんだろうな。というわけで、まだ自分が母国語でいいたいことを考えているんだなあ、と実感した。修行せねば…

    とうとう失敗してしまった。口は禍の元、とは良く言ったものだが。普段顔を合わせているわけではない方の発表に対してあんな口のきき方をしてはいけなかったんだ、と思う。こうやって、わたしといると不愉快な気分になる人が出てくるんだよ。

    普段教えている教室とは違うところで、教えて欲しい、という電話があって、受ける。

    文学部の友人は落ち込んでいる…。

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    05/19/2004

    曇のち雨

    今日は思いっきり寝坊。昨日の晩、ウジウジと1時すぎまで起きていたのがいけないんだ、とわかっている。でも、しようがないんだよ。

    落ち込み始めることの悪い兆候として、色々な連絡を絶ち始める、という兆候がわたしにはある。というわけで、昨日の日記更新無報告は悪い兆候なのだ。まだメールには返事しているし、人に会うのまでは避けていないので、今の内に少し休んで復旧を目指そう。

    夕方雨が強くなり出した頃、家を出る。今日はいつもと違う教室に救援隊として働きに。やはり初めての人とはリズムを合わせにくい。そして、同じ塾とはいえ、塾長個人の裁量が大きいところなので、中々難しい。

    それにしても、わたしって「面白キャラ」で親しみやすいのか? 今日行ったところの塾長さんは、「かも先生って面白いですね」とおっしゃる。他にも、結構わたしを面白キャラだと思っている節の人が結構いたりする(生徒にもいる)。しかも、必ず「最初は真面目そうで、ガリ勉風に見えたけれど」という譲歩節がつくのだ。「案外そうでもない」ということらしい。譲歩される前も中々哀しいわけだし、譲歩されて評価が好転しても何だか微妙ではないか。つまり、高飛車風に見せているのに、それはこけ脅しで、実は結構笑える人間だった、というのだから。

    本当は真面目で、素直、誠実で明るい、そんな人間でありたいのだけれど(誰ですか、笑ったのは?)、そして案外そういうところもあるのが「本当の自分」なのではないか、と思いたいのだけれど、そういう風には誰も観ていないらしい。昔、これに似たこと言って、吹き出した人がいた…。

    もっとも、こういったイメージが自分を映しているんだなあ、と素直に考えることは、「本当の自分」みたいなものを想定するよりはずっと健全だと思うので、頑張って受け入れることにしている。

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    05/20/2004

    まごうことなき、雨模様。ためた宿題のつけを払うのは当然なのだけれど、プリントアウトしようとして、昨日パスワードが変わったなどととはお天道様でも気づくめえ。しかも、こういう日に限って携帯電話を家においてくるなんざ、普通にできることじゃあないよ。しかも、家に電話して(母に感謝!!)パスワードを聞き出そうとすれば、最後の一文字が欠けて判らず、結局100円玉を公衆電話に寄付したりなどして。自業自得とはいえ、哀しみにあふれた表情になる権利はあるはずだろう。

    それにしても最近は早寝早起きが自慢だったわたしも、夜が遅くて、一日が眠いということになる。憂鬱。

    それにしても、これは梅雨が始まったんじゃないか、と思いたい。もちろん、梅雨前線は本州よりも南にあるわけで、梅雨入りしていないのは理解できるけれど、ほとんどかかっているじゃないか、と言いたい。

    結局、講義がすべて終るまで昼ご飯を食べるのを止め、コーヒーとチョコレートでドーピングし続けるというとんでもない対処法で今日は乗り切る。講義の後、弁当を使っていたら、指導教員を引き受けて下さっている先生が目を丸くしていたりして、和やかな気持ちに。その後、先輩方と渋谷で談笑。危うくバイトに遅れるところで心から冷汗を感じる。

    ダッシュでバイト先について、ハァハァしていたら、同僚の先生が「まだ大丈夫ですよぉ」と笑っていた。赤面。それでも、とにかく三時間ひたすらに教え続ける。等差数列の和や現在分詞、そして過去形。基礎だけに、これでつまずくと一生その教科嫌いになりそうな感じがビシビシして緊張感に溢れる時間を過ごした。

    友人から手紙が来て。「ストレスとかうつの対策には、声を出して笑ったり歌ったりが有効」なんだそうだ。というわけで、笑おう。
    また、別の友人からメールが来て。「もう駄目だよね。//うん。」そんなことないよ、君はとても優秀だし…だから、笑おう。

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    05/21/2004

    「なんか偉そう」

    のんさんの日々の雑記より。

    ツキアイゲノム2」をやってみた。オモテゲノムは「スロウ」。

    このタイプの特徴は・・・
    ●基本的に『なんかえらそう』です。
    ●奔放で独創的。で、少しわがまま。
    ●ふやーっとモノを考えるのが好き。
    ●お互いわかりあうのにけっこう時間がかかったりします。
    

    で、ウラゲノムは「ワイルド」で「ジェネラル」な「フィーリング」らしい…。

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    曇のち晴れ

    曇って入るが、日差しは感じられる朝。台風一過ということなのかもしれないが、久々に部屋の窓を開けてみたりするのだ。

    しかし、今日の発表の準備がうまくいかず、しかも今週はなかなかストレスが溜ってしまっているので、母に突っかかってしまう。うまくないなあ。今学期はこれを避けるためになるべく上京しているのだけれど、今日はどうしても午前中を家で過ごさなくてはならないので…。

    こういうことがある度にストレスを倍加させているのはなんとも大人げない。それと同時に、家や自分の経済状況を考えなくて良ければ、切実に一人暮らしがしたいと思ってしまう。

    昼を早めにすませて、外に出てみれば、訂正を余儀なくされるような日差しになっていた。雲の量は相変わらず多いし、その流れによって日差しの量も変わるが、まあ気分的には「はれた」と思いたいのです。

    発表の準備が間に合わない、と思いながら、本をしこたま買ってしまうのは間違っていると、思う。

    結局、夕方からの勉強会はえらく盛り上がった。というのも、わたしが解釈で悩んでいる部分を一緒に読んでもらうことにしたら、出るわ出るわ…ということになったわけで。これだけ色々出ると嬉しくなる反面、まだちゃんとテキストが読めていないんだなあ、ということを実感することになる。やはり、知識をつける勉強と同時に、きちんとテキストを読むという勉強もまだ足りないのだ。

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    05/22/2004

    乾『イニシエーション・ラブ』

    この本はミステリなので、ネタバレにならないように紹介しなくてはいけない。ミステリというやつはなかなか紹介することが、そのために難しくて、高校のころは友人に「いいからあの本を読め」とか言われて読んだりしていた。そうやって読んで、二人で最後まで読み通してからじゃないと、語り合えないからでもあったのだろう、という風に思っている。

    さて、この本の舞台は80年代(わたしが子どもだったころ)、静岡である。小説のスタイルはなんてことない普通の恋愛小説のテイストで、村山由佳の雰囲気にも少し似ている感じがする(いや、違うかも)。

    主人公は大学四年生、理系で(当然)もてない。別にガールフレンドが欲しくないわけじゃないけれど、外面にきを使うこともなく(「内面で評価して欲しい」)、合コンにはなんとなく反感を持っている。そんな彼が「数合わせ」で合コンに出かけて…。

    話自身はこういう風に書くととても平凡なのだけれど、それでも最後まで読むと「やられた」、という気持ちを持ってしまう(ああモドカシイ)。

    ちなみに、なんだか出だしの主人公の気持ちにはずいぶん身につまされた。電車の中で読みながら、「全然駄目じゃん」と激しく主人公に突っ込みをいれていたのだけれど、ふと気づくとなんだか自分の姿に重なってしまう感じがしてしまって。小説を読むというのはそういうことなんだ、と。

  • 乾 くるみ『イニシエーション・ラブ』原書房、2004年。1600円。

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    曇のち一時雨

    涼しくて、曇った一日のスタート。日が変わってから帰ったので、偉く眠くて大寝坊。というわけで、今日も午前中は家にいることにした。こうやって生活が乱れていくのだな。

    今日の分の宿題は何とかかんとか終らせて、昼を食べて家を飛び出る。出てみたら、なんだか泣きそうな空だったが、電車に乗らないとぎりぎりになってしまうので(休日は20分に一本しか電車が来なかったりするわけだ)、諦めて電車に乗る。

    講義はいつものごとく嵐のように流れていき、脳味噌がグッタリと疲れてしまう。しかし、こういうことを続けていくことが大事なのだ。

    帰りの銀座線で通訳講習会の方に会う。「かも君来てたんですか。いつから?」---でも、どうして皆さんわたしが中級にいることに驚かれるのかしらん。きっと、講習会で騒ぎ過ぎているのがいけないのかあ。慎しみ深い様子に今から変化を遂げるのは難しいということを、ここでも例証してしまっている気持ち。あわわ。

    行ないが良いので(何か文句でも?)、雨に降られることなく帰宅。

    最近激しく腰痛がする。痛いというよりも、ジンワリとこわばってしまって神経を刺激されている感じがしてならない。伸びをすれば治るかなあ、と思って講義の間中伸びをしたり、休み時間にトイレに行きながら色々やってみるが、全然治らない。座っていても辛いのだけれど、まさか一日中立っているわけにもいかないし、勉強は座ってするものだし。これは明らかに運動不足で毎日座ってばかりいるからなのだけれど。どうしよう。プールの塩素臭さを我慢するか、ランニングに勤しむか…。

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    05/23/2004

    適性・敵職診断

    日記才人経由でRuchiさんの日記から、仕入れた適性・敵職診断[haken.co.jp]をやってみた。

    あなたがご回答なさった際に強く顕れた一面は・・・ 『考える』 気質です。

  • 良い精神状態の時 分析的・粘り強い・賢明・客観的・洞察力がある
  • 悪い精神状態の時 意固地・よそよそしい・あら探し好き・内気・消極的
  • 性格 コツコツと調べるのが好きな研究者タイプ。鋭い洞察力と深い理解力がある。富や地位に執着せず、人生の意義深さもよく理解している。
  • 注意 物事を頭の中でのみ考え、行動力がない。人と協調することが苦手で、他人に対して挑発的、敵対的になることもある。
  • 仕事 優れた分析能力を発揮する仕事、科学や技術研究者、単独で仕事をする自営業などに向いています。

    いかがでしたか? 己を知ることが、困難に立ち向かい、道を切り開くための第一歩とも申します。 この結果は必ずしもあなたのすべてではございませんが、あなた自身がお選びになった一つの方向でもあります。
    これを機に、少々違う世界を覗いてみてはいかがでしょうか・・・。

  • 結果は何だか今のわたしのやりたい方向性をそのまま指している感じがする。わたし自身の選んだ「一つの方向」が今努力して向かっている方向とある程度一致するのは、嬉しいのかしら、それとも意外性がなくてつまらない、と思うべきなのかしら。

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    朝から涼しく、そして暗い。夏目漱石を気取って、欝気質になりたくなるほどに。この空の色を見ると、小学生の頃住んでいた、ある街のことを思い出す。その街は冬になると低く霧が立ちこめて、それが寒さをいや増していた。その景色の中にいると、蛍光灯の肌寒さ、そして白色灯の暖かい感じがどれだけ大事だったのかを理解できる気持ちになる。

    それにしても、どこに行ったんだよ、五月晴れ。

    運動しなくては、と思ったばかりなのに、結局今日は一日家を出なかった。本を読みつつ、まとまらない頭に苦笑したりする。友人からメールがきて、モン・サン・ミシェルの話になり、思わず逃亡したくなった。海に浮かぶ孤島に作られた修道院を見に行きたいと思うのは新聞のテレビ欄に写真が載っていたからだが、その記事によると実際にその場所に行っても見られない映像なんだそうで、少し屈折した願望かも知れない。もっとも、それも局所的な現実逃避の行動で、そんなことに係わってはいけないのだ。

    夏の試験が終ったら、絶対に旅行の計画を立て始めるぞ。

    朝青龍の優勝。さすがに一場所に二回同じ相手に負けるわけにはいかないだろうし、北勝力の方が少し硬くなっていたような感じを受けた。それにしても、40本の懸賞がかかるなどというと、「日本経済は回復基調」という謡い文句に踊らされたくなる。

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    05/24/2004

    日差しはあるけれど、雲が多いので、曇かなあ、と。夕方からは雨という噂で、遠征の日に限ってこういう天気は勘弁して欲しい。先週は何とか雨に降られずに行けたのだけれど、今週はどうだろうか。

    昼ご飯を誘った人に振られる…。残念。

    電車の中で大口を開けて寝ていると確実に喉はやられる。喉彦が腫れているのが唾を呑むたびに感じられてしまう。そんなとき、喉元を触ると、自分の喉仏が案外大きいということに気づく。結局、嫌がろうがなにしようが、わたしは男だ、ということ。こんな風に実感することが嬉しいことかどうかは別にして。

    大学に出かけて、ある研究室で無停電電源とネットワークハードディスクの設置を行なう。無停電電源は電池を入れ換えたのだが、どうやら充電が完了するまで機能しない仕組みになっており、またネットワーク・ハードディスクはWindows98,Meではその存在を確認することができなかった。3時間近く格闘したものの、中途半端な結果に終わり、敗北感だけが残った。研究室の人々は「気にしないで」と言ってくれたが、悔しさは募る。久々に復讐心を抱いている。待ってろよ。

    普段は敗北感というのをあまり感じない。それは自分が「大したことない」と思っているから。一部の友人によれば、それは「必要以上」の卑屈さなのだそうだが、あまり自分に自信を持てないのだ。むしろ、否定してくれる人の方がわたしとしては信頼ができる感じがしてしまうのだ。

    でも、流石に人でもなく、大した知識も必要もないような技術的内容で、こけにされるのは悔しいのだ。

    再来週までに、50ページの論文を訳して発表するんですね、諒解です(ただ、「かもさんは博識ですから」というのは、お世辞だとしたら残酷だし、そうでないなら何かを見間違っていると思います)。

    遠征先でも親しく話してくれる人ができたのは、先輩のおかげだろう、と思う。そして、世界が広がっていく。あるいは、特定の分野に狭まっているのかな。

    高校からの友人が一つ決めた、とメールをくれる。春先の狂ったような暑さの中でネクタイをしていた彼の姿を見ているし、この梅雨みたいな中を歩き回っているんだと思うと尊敬である。しかし、そういった物理的な困難以外は心配していない。彼は聰明だし、優秀だ。

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    05/25/2004

    晴れ

    おい、晴れたよ。だんな、布団をほしときな。いや、いいから、ね。干しなさい、ってんだよ。そう、そのあたりにすぅっとね。おいおい、それじゃ全然しわくちゃじゃないかい。ちぃたあ見なさいよ…。

    タグはきちんと閉じなさい、と。

    えらく自分の言語能力が劣っているような気がするわけで。でも使うんだから、学ばねば。あうううぅ。

    火曜日の午後はかなり大変なことになることが段々わかってきた。大学院のゼミに混ぜてもらい(「訳本は役に立たない」と言われれば、ドイツ語で読まねばならない)、先輩方が混ぜて下さった読書会(英語で細かく論理的に!)、そして自分の専門とは関係ないが知っておきたい勉強会…。これをすべてこなして帰りの電車に乗るころには何だか疲れ果ててしまったりしている。必要な資料を全部持って歩いているとそれだけで肩腰にくるのだ。

    大学に入ってから少し気になっていたのだけれど、わたしは荷物を持って歩き過ぎなのかも知れない。その日に使う教科書、辞書、ノートをとったルーズリーフやプリントの入ったフォルダに、行き帰りの電車でよむかもしれない本、さらにはその本の残りページが少なかったらもう一冊の本。さらに、弁当と水筒に折り畳み傘(置いて出る日に雨が降る)を持っていると、荷物の全重量は簡単に10kgを軽く越える(家の体重計で計ったので確か)。陸軍の歩兵は20kgの荷物を担いで行軍すると聞いたことがあるが、結構「そこまであと一歩」なのである。

    何だか荷物を減らしてしまって失敗するとすごく悔しいので、一度持ち始めた荷物は中々外せなくなる。例えば、去年の始めのころまでは都内の地図帳を必ず持って歩いていたのだが(ちなみに都内在住/通学は10年)、それは一度置いていってしまって迷ってしまった悔しさもあったりするのだ。傘は忘れると雨が降るし、辞書を持っていないに限って調べ残しや判らない文章にぶつかる。そういう、「悔しさをバネに」してわたしの荷物は成長を続けるのである。

    いや、本当は片付かない性格がいけないのだろう、という意見もありますが(そして、それは正しい)。

    そんな荷物を抱えた帰り道に混んだ電車の中で、口にするのも汚らわしいような卑劣な行為に気付く。最初は理解できず、次に酔っ払っているのだ、と思ったが、そこにどう考えても意図を帰することができると気付いた時に、何とか対策をとる。自分が被害者になったわけではないが、わたしも一緒に侮辱されたのだ、と理解している。ある程度、良い一日だったのに、全く台無しだ。

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    05/26/2004

    エドモンズ、エーディナウ『ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い一〇分間の大激論の謎』

    正直この邦訳のタイトルでは買う気にならない人も多いだろうな、という気がする。少なくとも、訳者があとがきで現代の訳を載せ、さらに「邦題は筑摩書房による」と書きたくなる理由を納得したくなる。もちろん、わたしは訳者が本当は何を考えたのかというようなことを代弁する立場にもないし、そもそもそれを知っているわけではない。けれども、タイトルとしては原題の訳の方が美しいと思う。Wittgenstein's Pokerとそれは言う。

    さて、この本はウィーン出身の二人の大哲学者---ポパーとウィトゲンシュタイン---がたった一度相見えたケンブリッジ大学でのモラル・サイエンス・ソサエティでの出来事を軸に、二人の哲学者の生い立ちから生涯、そして二人の思想、さらには今世紀始めのウィーンのユダヤ人を巡る状況が絡められた本である。

    ポパーもウィトゲンシュタインはともにウィーンの帰化ユダヤ人であるが、二人の境遇は面白いほど対象的である。片や国で有数の鉄鋼王の息子で、数々の芸術家のパトロンを勤める新興の貴族であり、片方は中流の市民階級で、その時代のインフレで財産をなくした。片方はラッセルに天才を見出されて、嫌いながらも大学での職を得た。もう一方は望んでも研究職は中々与えられず、ニュージーランドへ亡命し、ロンドンに戻ってくる。等々

    その対比の根深さがこの本ではたった一度の対決での出来事に結実し、その結果としてポパーは『果てしなき探求』の記述を行なった、という筋立てになっている。それがうまく説明として成立しているかは、やや疑問だが、哲学者やその当時の社会情勢のイメージを掴むには良い本だった(やや書き方がゴシップ的なのは鼻につくが、好の別れるところじゃないだろうか)。

    写真が多くて(特に論争の場となったケンブリッジのキングスカレッジの写真は良い)。ただし、注はもう少しつけて欲しいな、と思う。
    あとは、良み終ったら、寝る前にそっとカバーを取り外してみて欲しい。眠れなくなることだろうから。

  • デヴィット・エドモンズ、ジェン・エーディナウ『ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い一〇分間の大激論』二木麻里(訳)。筑摩書房、2003年。2900円。

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    晴れ

    晴れ。二日連続。思わず、「梅雨の中休み」などと言いたくなってしまうが、まだ梅雨入りも宣言されていないのだなあ、と思う。

    今日は大学の図書館が休館なので、家に残る。一昨日からいがらっぽい喉を休めるために、少し休日モードで過ごす。まあ、今週末は二日とも忙しいので良いのではないか、と自分には甘いことをすぐに思いついてしまうのは、小学校以来の悪い癖である。幼稚園の時は、自分がどんな子だったかはほとんど記憶がない。

    夕方からは教師面して三時間、ウロウロする。それにしても教えるという形のコミュニケーションはつくづく難しいのである。こちらとあちらの間には圧倒的な情報格差があり、それを相手にきちんと伝えるという形はコミュニケーションの理想形とも言いたくなる。そこでは、相手の温情ある理解力に訴えることも、説明しようとすることへの知識を前提することもできない。どこで道を間違いそうか、それを予想して道標を建てていくイメージでいても、思いもつかないところで道からそれていく。「『哲学探求』のウィトゲンシュタインが言いたいことってこれですか?」と思わず天に訊いてみたくなる(きっと「違う、全く違う。なんて君は鈍いんだ」と言われるだけだろうけれど)。

    コミュニケーションの能力に乏しいところのある(それは「お喋りである」ということとは違う)わたしにとっては大きなチャレンジであり、それだけに通じたときの嬉しさは大きい。けれども今日は完全に失敗続きだったなあ…。ため息。

    そして、明日は援軍として新しい教室に出かける。

    浦安の海テーマパークへのお誘い、結局断ることにした。メールを書きながら、「もう二度と行く機会ないかも知れないぞ、良いのか」と自問してみたりする。幹事のUさんごめんなさい。

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    05/27/2004

    日の光を感じられる一日だったが、湿度の高さ故か、空は一日中薄曇のままで、今日の天気は「曇」としか書きようがない。指導教員氏も「こんな天気では哲学するという感じになりませんよねえ」と言わざるを得ない、感じか。というわけで、今日も昼ご飯を抜いてドーピングする万全の体制で望む。しかし、カフェインが切れると、ドドドドっと疲れてしまうのが欠点で、夕方の「先生」役も苦労するのである。

    今日は結構頼られているが、頼りない、ということを実感する一日。

    この間配線を手伝った研究室にまた出向いてみるが、相変わらず無停電電源の調子が悪い。それでも頼って下さる研究室のスタッフの方に顔向けできない感じがして悔しい思いで昼休みは時間切れになってしまう。多分、バッテリに過負荷がかかったんじゃないか、という気がするが、良く分からない。明日少し試してみて駄目だったらカスタマー・センターに電話だな。

    さらに、昨日予告したとおり、教員が足りない教室に援軍として出向く。前回も感じたことだが、教室も立地によって、そして室長の人柄によって全然違う雰囲気になるのだなあ。当たり前といえば当たり前だが、なまじ同じ看板を掲げているとそれだけで均質化を期待してしまうのが、マクドナルド世代の習い性なわけで。まあ、指数関数をきちんと理解してもらうことができたので、役にたったと思うが、失敗もいくつか…。

    さらに帰ってみると京都に住む友人から手紙が来ていて、旅行をするので前回の経験談を語れとの所望。これは週末に対応しよう、と思うが、ウィーンには行ったことがないなあ。困ったぞ。

    そして通訳講習会でお世話になっている方からは、「倒産」と「破産」の違いについての訊かれる。ひとまず自分の記憶だけで答えるのは恐かったので、倒産の定義が書いてあるサイトを見つけて、内容を送信。役に立つと良いのだけれど。

    何だか周りの方に大きく誤解させているんじゃないか、という恐れがなきにしもあらずだが、誤解でも「役に立つ」と思って下さる人もいるんだなあ、と思うと嬉しくなって何だか頑張らなくては、と思う。

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    05/28/2004

    結婚しろ、と

    朝日新聞の5月28日付の記事より。厚生労働省は27日に、国会審議中の年金改革関連法案のもとで、給付水準がどの程度低下していくかというかを、ライフスタイル毎に試算した結果を公表した。今回の公表で、40年間勤続の会社員と専業主婦という「モデル世帯」以外に、共働きやシングル世帯について初めてモデルケースが示された。

    それによると、共働き世代では現行制度のもとでは現役時代の手取りの46.4%という給付水準だが、2023年度以降に給付が始まる場合は、65歳の給付開始時で 39.3%、10年後には35.3%、20年後で31.7%となる。また、独身男性の場合は最も給付水準が低くなり、給付開始時には現役時代の36%で、20年後には29%となる。女性は平均所得が低いので、所得水準の低いほど給付が手厚い制度となっている制度のもとで、開始時47.7%、20年後は36%となる。


    要するに「結婚しろ」、と。「もてない」のは哀れではなくて、今やきちんと落しまえをつけなければいけない、損失である、と。

    もちろん、お金だけが人生ではないし、金銭的に豊かではなくても楽しく人生を送ることもできるだろう。そういった生き方を見つけられれば良いわけだけれど、それでも独身でいるということはもはやそれだけでリスクなんだなあ、と思うと背筋が寒くなってしまう。

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    05/29/2004

    曇(5月28日)

    今日も昨日と同じような天気であった。というわけで、曇。

    午前中は引続き、無停電電源とネットワークハードディスクと格闘するが、失敗。電源は購入店へ差戻し、製造会社に問い合わせることにした。さらに、ネットワークハードディスク。なぜ、Windows XPでは通常に見えるし、使えるけれど、Windows98やMEでは見えもしないし、使えすらしないのだろうか。サポートセンターに電話すると、こういう時の常套として、お話中である。

    風邪で頭が重く、きっちりと考えをまとめることができない。そして、あきらめる。あうぅ。

    あまりに鼻がつまり、そして頭がお寺の鐘のように重たく、空き教室で昼寝。本部のあるキャンパスで明日から大学祭があるために、午後は全休講であり、静かな教室でゆっくり一時間眠る。そして、目覚めて読みかけの英語の本に向かう。少し分かる気がするが、言葉はズンズン流れて行くことになる。そして、一つ半の理解を反芻する前に、ドアが開いた:「あれ、もうこの建物の鍵かけちまったよ」。あわわ。

    友人の卒論案に好き勝手言う会も全然乗り切れず、困ったことになる。

    家に帰ると、母がこんなものを買ってきた。豚は貯金箱に限ると思うのだけれど。
    [infoseek.co.jp]

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    晴れ

    朝起きたときに、すでに「布団から出たくない」という気持ちが支配する。鼻はつまり、頭は重い。それでも空は抜けるように青く、このコントラストが却って頭を重くする。こんな素敵な日なのに、積極的でない自分を責めてしまうからだ。

    「風邪をひくのは自己管理のいい加減さゆえ」と言われる。そして、今回の風邪は完全にそれなので、ぐぅの音も出ないのだが、それでもやはりそれだけでないのだ、という風にも思う。少なくとも、電車の中で無防備に寝ていること自身は(日本の鉄道の安全に乾杯!)わたしの通学で何年も変わらない部分であるし、大口を開けて寝ていることも実は結構少なくない(喉がゴソゴソする感じが教えてくれる)。でも、普段はそれで風邪を引くことなどない。電車の中で喉の調子を悪くしたことは、トリガーを引いただけなのだ。

    ところで、何かがあるたびに、一生懸命自己弁護に努めるわたしは一体何なのだろうか…。

    というわけで午後中東京にいた。しかし出かける電車の中ですでに酔っ払いかけ(本など読んではいかんのだ、どんなに面白い本であれ)、歩くと重力の軽い違う惑星上にいるような非現実的な感覚に襲われる。ドイツ語の問題はかつてないほど成績が悪く、正答率が3割を切ってしまったのを見て、今日は駄目な日なんだ、と悟る。

    というわけで、今日は早めに寝よう。

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    オブマシック『ザ・ビッグイヤー』

    ノンフィクションなのに、何だかフィクションみたいなタッチで書かれているように感じてしまうのは、趣味の世界の自己完結的な性格ゆえに、自分と同じ「現実世界」に生きている人の話だとは中々信じられないからかも知れない。世界観が異なる人でも、ことの軽重の感覚は驚くほど変わらない、というのに、この趣味の世界というやつはその変わらなさへの信頼があっという間に揺らいでしまう。

    この本はそんな趣味でも、古くからの歴史と格式を持つ大人の世界である、バードウォッチングが題材である。アメリカ探鳥協会の主催するザ・ビッグイヤーという競技会がある。これは一年間(1月1日から12月31日まで)にどれだけの数の鳥を目撃したのか、それを報告し競う。信頼をベースにしているので、写真のような証拠が必ずしも揃っている必要はなく(メモは観察日時と種類)、また審判がいるわけでもない。そして、貴重種がいると聞けば飛行機に乗って、船に乗って、それを見に行くのである。

    この本の扱った1998年までの最高記録は今回の挑戦者サンディ・コミトが持つ721種。ちなみに、北米に繁殖や渡りでやってくるのは675種。つまり、それを越える分は迷い込んできた貴重種を見なくてはならないことになる。いきおい、北米中を飛行機で飛び回ることになるのであり、ということは必然的に巨額の資金を投資しなくてはいけない。その圧倒的な無駄が、この物語を小説のように見せているのかも知れない。

    この梅雨の時期、夏休みにはっちゃけたいけれど、今のところは仕事をしなくてはいけない人向け。また、装丁も比較的美しい本だと思うので、是非カバーをかけずに読んで下さい。

  • マーク・オブマシック『ザ・ビッグイヤー: 世界最大のバードウォッチング競技会に挑む男と鳥の狂詩曲』朝倉和子(訳)。アスペクト、2004年。2900円。

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    05/30/2004

    晴れのち曇

    日差しがきつくなってきたが午前中は大事をとって休養。東側に向いた部屋なので、午前中は日差しがある。今日の暑い中布団に入っていると、家族もいるのに孤独で寂しい気持ちになるのは、何故だろう。

    午後は「もう大丈夫だろう」と床あげして、もう三日も洗っていない頭を昼間のうちに洗うことにする。が、それが甘かったようだ。頭痛が戻ってきて、熱をはかったら37度へ。集中力が完全に途切れる。明日の予習も終っていない、というのに…。甘い見込みで失敗するというのは良くないことだ。

    明日のお昼も一人で食べることになるらしい…。残念だなあ。

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    05/31/2004

    恋愛診断

    daisukeさんの日記で見つけた恋愛診断をやってみる。

    何だかうまく答えられない設問もなくはなかったが、一応真面目に答えてみたところ、「発情ニワトリ級」という成績に落ち着いた。何だかここまではっきり書かれると、哀しくなる前に読んでいて笑ってしまった。「向上心すらもあまりないように見受けられ、未来にも暗いものが感じられます。まずは意識改革が必要」なほどらしいから。

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    晴れ

    「今日は雨が降る」と昨日の昼頃のラジオでは言っていたが、どんどん降り出しが遅れているらしい。少なくとも朝起きてみたら太陽が燦々と照り込んでいた(書いてから思うが、「照り込む」って意味のある日本語かしら)。

    予習が間に合わないので、今日は大学では燃えなくてはいけない。ひとまず、風邪の調子も少しずつ復調気味であるから、一発気合いを入れるのも悪くないだろう。

    昼ご飯を食べに出た公園で(今日は雨が降る予報だが…)カラスの多さにおののきながら、箸を運ぶ。彼らは都会という環境での勝者であり、そう振る舞うだけの余裕と強さがあるのだ、と思う。と、ここまで書いてみて、これってちょっと怪しい社会的強者の理論につながるなあ、ということにも気づく。強ければ何をしても良い訳ではない(カラスでも人を攻撃すれば駆逐される)が、色々する選択の幅が広がるということ(カラスほどの勢力を保っていれば、ひとの弁当の上を低空で飛んで驚かしても安全)。

    ちなみにそのカラスを勝者にしているのは人間で、しかも人間の無駄の部分が反映しているわけだ。本来カラスは死体や小動物を食べていたニッチ産業の生き物なのだから。

    さて、大遠征…雨は降るのか、降らんのか。

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