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06/01/2004

雨のち曇りのち晴れ

朝から結構強く雨が降っている。久しぶりに大学に向かう電車の中で憂鬱になってしまった。昨日、遠征からの帰りの電車の中で自分の生活を少し整理した方が良いのじゃないか、と思ったりなどしたせいもあるかもしれないけれど、概ねただ眠かったんだと思う。

今日も講義中は積極的にドーピングを続ける。講義自身は刺激的だけれど、下手をすると電池が切れそうな感覚を拭えないままいる。これってわたしがこの手の商売に向いていない、ということを示しているのだろうか。それとも、ただわたしが怠け者だ、ということを傍証しているのだろうか。どちらにせよ、段々味覚がおかしくなってくるので、そろそろドーピングなしでなんとか乗り切れるようにならなくてはならないはずなのだが。

さて、今から勉強会…。

勉強会を梯子するなんてどう考えてもむちゃなことをしている上に、その二種類が全く異なった種族に属するものである。どうしてこれが同じ「哲学」という名前で呼ばれているのかを理解したいのも一面だし、結局それが一つにまとめて理解する瞬間がありうるかどうか、良くわからないけれど、そういうことができたら素敵だとも。

でも晴れていく空を眺めては「分からない」、と思い、暮れていく空を見てはやはり「分からな」くなってしまう…。そして、幾人かはわたしを誤解して、「鋭い」とか言っちゃうわけだ。若干、間違っていると思うわけだ。

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06/02/2004

晴れ

午前中大学に向かう電車の中で久々の友人に出会う。相変わらずリズムの良いお喋りで、楽しい気持ちになる。

昼ご飯は高校時代の友人と。就職活動中の彼は今日も中々粋なスーツ姿だったりして、ちょっと差を感じたりする。こっちは相変わらずのポロシャツにジーパンだものね。まあ「そのほんのちょっとの差に気づかなくちゃ」と言わせているあたりが、さすがにわたしの友人と言うべきか。苦笑。それにしても就職活動をしていると「お金を稼ぐのも良いかな」という気持ちになるんだ、というのはずいぶん新鮮なコメントだった。ちなみに、今回はイムレとブラハの本を貸し、代わりにカダレの小説のコピーをもらう。バルカン特集の様相か…(いや、イムレは違うが)。

「だから、それは学校で教わってないんだって」ってわたしを恫喝するのはあなたの勝手ですが、体系的に理解しないで計算ができるのでしょうか。「わからない」と言うことは決して恥じることでも、悪いことでもないです(わたしはむしろその言葉を大変好んでいます)。でも、「わからない」という発言はそれなりの責任を負うということも理解しておかなければいけない、とわたしは思いますよ。大変、哀しい体験でした。

新聞を読んで流石に衝撃を受ける。ただ、これを契機に物事の議論が良くない方向へ進まないことを願う。

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06/03/2004

半袖ではやや涼しいかな、という感じの朝である。

わたしの発言を「正当だし、刺激的」と評価し、鼓舞して下さるメールに接する。それはどうしていいかわからないほど、嬉しい。ただ、これが傲慢への第一歩に繋がらないようにきちんと締めていかないといけないということだ。

今年の春がうまく乗り切れたのは、自分が変わったのではなく、周りが素晴らしいタイミングでわたしのことを持ち上げてくれるからなんだなあ、ということを激しく実感する。そういった人々を裏切ってはいけない。

夕方講義を終えてみると、学生室の掃除をしているという。というわけで、手伝う。しかし普段使っているときから気になってはいたのだけれど、えらく汚いのである。しようがないので、ガンガン捨てることにしてしまう。「一体何年おいてあるんだ」というような論文の束みたいなものが大量に置いてあったり、飲みかけのジュースのペットボトルがあったり…。まあ大体片付いたら、その分気持ち良くなった、と思うことにした。

バイトがないので久しぶりに早めに夕飯を食べる。

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06/04/2004

晴れ

天安門事件から今日で15年である。実際にはほとんど記憶がないのだけれど、浪人時代に小論文の教師が見せてくれた映画が強烈に記憶に残っている(予備校というのはつくづく面白い場所だったのだ、と思う)。今朝の新聞にはその当時の「英雄」ウアルカイシ氏の写真が載っていた。現在台湾で評論家を生業としている彼の写真は当時の面影がなくなってしまった。自分のことを棚にあげて、外見だけで判断してしまうのは悪いことだと思っても、吃驚してしまったのである。

イメージというのは各人が勝手に作るものだけれど(例えば、「かもは真面目」とか「かもは切れる」とか…不当ですか?)、そのイメージが固定化されたときに、実は違っていたということを学ぶとすごく哀しい気持ちになる。場合によっては怒りすら感じてしまうのだから、勝手なものである。

そういったイメージ崩壊に伴う哀しみや怒りから逃れる方法は、決して実物に接しない、あるいは決して後日談を追い求めないということ。遠くから、そこはかとなく眺めるのはいとをかしいのである。

今日はいい天気に誘われて脳味噌がぐにゃぐにゃと溶けてしまい、機能が完全停止である。それでも、なんとなく机に向かって本を開いてはいる。

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06/05/2004

晴れ

今日もえらく天気が良い。どうやら今日までらしいが、この天気を楽しまなければいけない、気になる。こう書くとえらくケチくさい感じがして嫌だが、正直な気持ちなのでしようがない。しかし、実際はそれを楽しむとはほど遠く、やれ宿題だなんだ、と気がせくばかり。午前中をそれにすべてあてる…はずであった。意志の弱さが邪魔をしなければ。

結局出発までに今日の分の宿題しか手を付けられず、結構、全体のジョブが滞り始めているが、昼ご飯をぬいて上京。電車の中でカントリーマアムを数個口にするだけで午後中を乗り切ろうということに。友人にメールで問い合わせたところ(彼女は栄養を気にする人なのでアドバイザーに使ってみた)、

食事の代わりにお菓子をとると総カロリー量はあまり多くないので目に見えて太りはしないものの糖分しかとっていないので肥満と体力低下をまねきまする。
とのこと。しかし、頭を使うときには糖分を摂っていると結構持つのも事実。今日も糖分を切らさなかったので(休み時間にもう一個追加)、乗り切った。もちろん糖分が切れる帰りの電車の中では寝ないものの完全に屍状態で惚けており、全く使いものにならない状態になってしまった。判断力もものすごく低下する。

ほうほうの態で帰りつく。

というわけで、月曜日からの宿題を片付けなくてはならない…。

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今度はどうだ?

朝日新聞の6月5日付の記事より。本日6月5日と6日の両日、JR東日本は池袋駅構内で湘南新宿ラインと埼京線を立体交差させる工事を行なっている。この工事は横須賀・東海道の各線と宇都宮・高崎各線をつなぐ湘南新宿ラインを秋のダイヤ改正で増発するために、山手貨物線(その上を湘南新宿ラインが走る)と埼京線を立体交差にするももの。今日5日は湘南新宿ラインが新宿-大宮間で運休し、4万6千人に、6日は湘南新宿ラインに加えて、埼京線が赤羽-大崎間で運休し34万5千人に影響がでると予想されている。

昨年の中央線工事の際のトラブルを受けてJR東日本は大規模な体制でこの工事にのぞんでいる、という。

JR東日本のwebsiteに工事の詳細が掲載されている。

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無くしちゃったら…

朝日新聞の6月1日付の記事及び、JR東日本の6月1日付のプレスリリース[pdf]によると、JR東日本は関東の主な駅で忘れものをコンピュータでデータベース化し、検索できるシステムを稼働した。社員に問い合わせると端末を操作し、「品物」や「色」などの特徴で検索することができる。JR東日本では年間約150万件の忘れものがあるが、今回のシステムにはその9割ほどが登録されるという。

従来回収していた駅で手書きの台帳に記していたために捜し出すのに時間がかかかっていたが、そのスピードが飛躍的に早くなるという。ただし、忘れたばかりのものを探すには時間がかかるらしい。


傘忘れても結構見つかるんですよね、今のシステムでも。ただ、「小田原駅にあります」とか言われると往復の運賃で大赤字になってしまって、泣く泣くあきらめることになるわけです。傘って一本千円ですものね…。

結局、なくさないことが大事なのだよ。

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06/06/2004

梅雨入りだそうで。一日中雨。個人的にはすでにもう梅雨な気持ちだったのだけれど、オフィシャルにそうなった。

今日は一日中宿題と取り組む。そして、まだ終らない。

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06/07/2004

雨のち曇(6月7日)

準備しておけ、とあれだけ自分に言い聞かせたのに、それを守らなかったつけがきた。先週の末ぐらいから、頭が惚けているのに流されたのがいけないのだが、とにかく危ない橋を渡った上にわけのわからない発表になった。「かもさん、これ全然意味不明ですよね」と言った友人の言葉が痛い。

折角、久しぶりに昼ご飯を食べた友人とも10分でお別れ。しかも、元気のないところを見せてしまった。申し訳ない。

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06/08/2004

曇ときどき雨のち曇

今日は思い切って休むことにした。なんだか頭が押え付けられているような、そして全体に現実感に乏しいような、そんな感覚を抱えては指導教員の先生のゼミなど受けられるわけがない、と判断したから。少し、詰め込み過ぎて、本来すべきこともできないようになっている自分がいるので、少しリセットを目指すことにしたのだ。明日も講義はないので、今日は少しゆっくりで、明日はきちんとやろう、と思う。

こうやって自分を甘やかすことばかりを覚えてもしようがない、と思うのだけれど、自分は弱いんだということを理解してしまう。ただ、ここから落ち込むようなパターンは絶対にさけるぞ、と思う。今年は去年とは違うのだから。

梅雨入りしたのは良いが、雲の間から結構青空が除いていたりして、思わず午前中布団を干した。案の定、太陽の匂いが移る前に、通り雨で急いで撤収する。うまくいかない訳で…。

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06/09/2004

曇のち雨

頭が痛い。痛いというよりは両方のコメカミから上7cmほどのところにものすごく圧迫感があって、何をしようにも集中力というか、踏ん張りが一切聞かないのだ。なんだか外界で起こっていることにあまり現実感のない状態が続いている。

流されるように生活してはいけない、と思うのだけれど、焦れば焦るほど空回りしている感覚がある。明日までの宿題を片付けなくてはいけないのに…。ひととして、すでに誤っている方向へ進んでしまっているような感覚が苦しい。

でも、なるべく笑顔を見せておかなくてはいけない。笑顔がひとを安心させるし、何より自分が安心するから。

そう言っていたら、今日とうとう失敗してしまった。梅雨時なのに雨が降っていなかったので、傘を持たずにアルバイトに出かけてしまい、帰るころには見事に雨。普段なら、少々濡れてもダッシュで走ることにしているのだけれど、「調子も悪いし」と家にヘルプを求めた。結局、母が駅まで迎えにきてくれることに。

心なしか空いていた電車は横浜駅で椅子があき、ありがたく座らせてもらう。そして、気づくと、ひと駅乗り過ごしていた。結局、20分ほど予告から遅れてしまう。母怒る。ごもっとも。わたしは死にたい気分。

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06/10/2004

曇り

梅雨ってやつは思い出してみるとそれほど雨が降り続ける感じでもなかったなあ、と思い返してみる。蒸し暑くなって(肌から汗が蒸発しないので、熱が籠る)、空がドヨンと重い感じになって、いつ降り始まったんだかよく分からない内に雨が降り始める。そんな日が続くのだ。

ふと気づいて頭をあげると、常緑樹の先の方に生えている新芽が濃くなって、去年からあったものに近付いているのに気づいた。

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本当に風邪ですか?

どうにもこの頭痛、いかんともし難いので、講義をキャンセルして保健センターに泣きつく。同じような境遇の諸氏に囲まれて受付の問診票にやたらと丸をつけて(「14日間症状が出ている」、せき、痰、鼻水、頭痛、だるさ)、待ってみた。いつものことながら、3人があっという間に処理されて、わたしの番に。

わたし:こんにちは
医師、わたしの顔をちらっとみて猛烈な勢いでカルテを書き始める。
医師: はい、口開けて…沈痛剤と痰の薬出しておきますね
30秒でkoされそうになる雰囲気に気圧されながらも、必死の防戦を試みる。
わたし: あの、もう二週間も症状が治らないんですけど、風邪にしてはずいぶん長いですよね。それに、頭が締め込まれたように痛くて、全然集中できないんですが…
しかし、医師はその程度では参らなかった。
医師: そうですね、この薬飲んでも治らないようだったら、精査しましょう。今薬飲んでないんでしょう
わたし: えと、市販薬は飲んでますけど
医師: ん��、じゃあこの薬試してみてください。お大事に
こうして、わたしは敗れ去った。1分30秒、完全なるKOである…。

本当に風邪なんだろうなああああああああ。

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どんどん低下中

朝日新聞の6月10日付の記事より。日本人女性1人が有無子どもの平均数を示す「合計特殊出生率」が03年に1.29に低下し、戦後初めて1.2台になることがわかった。近く厚生労働省から確定値が発表される。政府の基本的な想定を外れる水準にあり、このまま推移すれば、社会保証制度や将来の経済活動に大きな影響を及ぼす可能性が大きい。

日本の出生率は75年以降、低下傾向が進むが、ドイツやイタリアなどの他の先進国では近年、少子化の進行にほぼ歯止めがかかっている。


わたしは当面子どもをもうけることが可能である状況に到達しないので、なんとも言えないニュースだが、確実にこのままでは年金は破綻するのだなあ、という風に感じた。

少なくとも、「産めよ増やせよ」なぞと軽く言ってはいけない。言わなくてはならないのはどこかが歪んでいるからだし、産む産まないは基本的に選択の問題だから。政府はそういう選択ゲームの中のプレーヤーとして戦略を建てないと、絶対に失敗するだろうな、と思う。求められているのは、狡猾さと冷静さなのだよ(悪い意味ではないのだが)。


ところで、男の側からみてもこの社会で子どもを産み育てるということに対する障壁は大きい、と感じる。子どもを産み育てるということはこの社会の中では、実際上は歓迎されていないのではないか、と感じられるからである。例えば、多くの男性は出産休暇や育児休暇を実際には取っていないし、取ったとしてもどういう風な行動を取るべきなのかについて学ぶ機会はほとんどない(学校教育だけではなく、社会的な伝達がすでに途切れている)。もちろん、その休暇を取りにくい理由の多くは「取りにくい雰囲気」というのはある種のexcuseに過ぎないかも知れないけれども、それでもある種の真実ではないか、と思う。

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06/11/2004

曇のち雨

窓の外を見ると隣家の屋根が濡れている。どうやら夜の間に雨が降ったようだ。「この時期、雨は降らなくてはならないけれど、昼間に降るとうっとうしい、という我儘なあなたの、そしてわたしの望みをばっちりと叶えてくれる理想の天候を実現」…などというコンセプトがあったのかな、と思ってみたりする。

こう書いてから、お遣いに出たら早速雨が降っている…so geht's immer in der Welt!

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学習能力と言語能力

朝日新聞の6月11日付の記事より。ドイツ、マックス・プランク研究所の研究チームがある犬が200語程度の語彙を理解し、ものにはすべて名前があると理解するなど、言語能力の基礎と言えるものが存在することが判ったと、発表した。

実験は飼い主が犬に隣の部屋に置かれたものを持ってくるように命じる方法で行なわれ、約200種類のものの名前を理解していることを確認。さらに、犬にとっては新しいものを、すでに知っているものの中に加え、それを選び出す実験、また一ヶ月後に加えられたものを覚えているかどうかを確かめる実験を行ない、それぞれ7割、5割の成功率をみた。

研究チームは「消去法で言葉の意味を推測したり、学んだ知識を記憶したりという基礎的な能力を人以外の動物も持つことが分かった」とみる。

松井智子・国際基督教大学準教授(言語学)は「幼児の方が語彙が圧倒的に多いなど、人との差は大きいが、犬にも高い言語能力があると示した点で面白い」と話す。


「言語能力」とこの場合言われているものは何なのだろうか。例えば、幼児であれば、三歳になれば喋ることができ、語彙を組み合わせて文として意味を構成することができるようになるはずだが、そういうことができない状態で「言語能力」があると言っても良いのだろうか。言語能力は学習能力を前提とするが、学習能力は言語能力以外のものの前提でもあるわけだから、それほど直接にはつながらない。つまり、「言語能力がある」と言うための十分条件は満たしていないだろうと思う。

実際の論文を読んでいないけれど、この紹介記事から言えることは、犬にも消去法が使えたり、学習の結果を保存することができる、ということなのではないか、と思う。ただし、消去法的な判断を行なっていたというのは、わたしには新しく面白かった。

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カダレ「災厄を運ぶ男」

イスマイル・カダレという作家を友人に紹介された。彼は「アルバニア語で書く小説家、詩人」で、「九〇年代にフランスに亡命し、パリを拠点としながら作家活動を続けている」作家なのだそうだ(訳者による紹介によれば)。

最近バルカン半島ブームが到来しているわたしにとって、この小説はオスマン帝国の側からこの地域への影響がテーマになっているところだろう。ストーリーは、被征服地域であるバルカンの女性にチャドルの着用を義務づけるべし、という勅令が下されたところから始まる。この勅令を実行に移すべく50万枚のチャドルが隊商隊の男の手によって運ばれることになる。彼が生まれて初めて出会うチャドルをしていない女性と、帰り道の人気のなさが対比的。

なんだか寓話的でイメージを掴みにくいけれど、なんとなく「アフガニスタンに民主主義を輸出する」シーンに重なるかな、という感じがした。アルバニアの女性が家と家をつなぐ回廊を通って、出し抜いていくように、そういった押しつけはうまくいかない。そして、押しつけた側の下っ端には罪悪感が溜っていく。誰も幸せにならない。

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お買いもの

夕方からある勉強会に誘われていたので、大学に出かける。昨日、アルバイト代が出ていたので通帳とカードを握り締めて。我が街にはない銀行が指定されていて、大学の構内でお金を下ろさなくてはいけないのである。不便だが、しようがない。

今月は思ったほど稼いでいなかったらしい。やはり講習期間中の方が金になるなあ。やはり週にできる日が二日だけではまずいのかも知れない。早く夏休みになって、少し貯めたいなあ、とも思えてくる。

そのお金で買いたかった本を二冊と見つけた本の上下巻をそろえる。一冊は古典の入門、一冊は歴史、最後のは言語の脳科学系統。

本を買って帰るのは幸せなことなのだなあ。

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風邪の調子

昨日もらった薬を飲んでみる。少しは利いているみたいな感じがある。相変わらず鼻水はでるが、頭痛はそれほどでもなくなった。

やはりあのつっけんどんな医師は正しかったのかしら、と思い直しつつある。

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骨占い

katsuさんの減量日記に出ていた骨占いをやってみる。結果は、「軟骨」。

【軟骨タイプの特徴】 これって本当に骨なのか?あなたはそんな軟骨です。 八方美人なあなたは、そのお人好しさゆえ、人間関係において微妙な立場に置かれることが多々あるようです。 しかし、軟骨が体の要所要所をしっかりと繋いでいるように、あなたの周りの人間関係はあなたの存在によって円滑に保たれているのです。 キレルこともあるかもしれませんが、周りの人のためにこらえてください。 【相性の良い相手】 肋骨の人と相性が良いようです。 肋骨を探せ!

【相性の悪い相手】
背骨の人と相性が悪いようです。
背骨は避けろ!



八方美人で、お人好しだとはあんまり思わないけれど、肋骨の人を探そう…。

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06/12/2004

低い雲が出ているが、日差しも出ている朝。紫外線もビュンビュン…。紫外線は男でも浴びてはいけないものらしいので、気をつけなくてはいけない、と思いつつ半袖で過ごしている。まずいぞお。

でも、夜は雨なんだそうだ。(結局、帰宅するまでは雨に降られずに帰ってくることができた。ラッキ☆)

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南スーダンの出発

The Daily Starの6月12日付の記事より。21年に及ぶ市民戦争の末に、スーダン人民解放運動(the Sudan People's Liberation Movement, SPLM)が国の南部を治めることになった。世界中で最も貧困で、戦争によって破壊された地域である。

運動の指導者であるGarangは、金曜日、南部の町Rumbekで集会を行ない、20年以上に及ぶ内戦を集結させるために結んだ、政府との合意内容を説明した。木曜の遅く、Rumbekでは多くの人々が指導者の到着を歓迎した。

2年以上の交渉の末、解放運動と政府は、政府が南部を支配し、軽視しているという不満を解消するための合意に達した。権力と富は構成に分配され、南部は6年間の自治を行なってから、住民投票を行ない政治的な未来を決することになる。Garangは、分離独立は一つの選択肢に過ぎない、と強調している。

しかし、課題は多い。南スーダンでは20年以上にも渡って行政が機能しておらず、さらに銃の支配する構造に変化がもたらさなくてはならない。解放戦線は武装抵抗組織から政府機関に変わらなくてはならない。

また南部の首都となるべきRumbekをはじめとして、国中の基本的なインフラはまだ整備されておらず、安全な飲料水や基本的な医療ですら高価な部類に属する。

しかし、富の分配に関する合意によれば、南部政府は年に15億ドルの予算規模を持ち、さらに南部地域には巨大な石油埋蔵量があり、東アフリカ地域で最も豊かな地域となるだろう。


スーダンの歴史及び、内戦の概略については、wikipediaの記事を参照。


教科書にも出ている「スーダン内戦」も新たな一歩を踏み出すことになった。
どうなったか、チェックしていこうと思う。

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集中力

午前中から大学で読書。久しぶりに集中力があって気持ち良く理解が進む。こういうときには、勉強していることの楽しみを感じる。この感覚が毎週毎日継続しないといけないのだけれど、なかなか思うに任せないのが困ったものだ。

巧くいっていない時には、周りの人がどんどん進んでいるように見えて、また巧くいっていないのだから、実際少しずつ差がついているわけで、焦りを感じる。そして、その焦りに心が奪われると、余計に勉強に手がつかなくなって焦る。高校受験の頃から変わらぬ、悪循環なのだ。そして、この悪循環を乗り越えるには二つしか手がない: ひとつは自分もそれなりにやっているんだ、と実感するか、ひとはまだそれほど進んでいないんだ、と知るか。

柳に雪折れなし、というふうにうそぶくことができたならよかったのに、と思うわけで。

復活した今週末、大事にしよう。

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外国語を学ぶ環境

ドイツ語を喋るトレーニングをした。が、喋っている途中に巧く言えていないことに気づいて、言い淀んでしまう。言い直したい、と思ってのことなのだけれど、「それではコミュニケーションにならないでしょう」という先生のコメントに納得させられる。少々間違っていても、一まとまりになっていれば意味がとれる。「語の意味は文という脈略で問われなくてはならない」のである(この文脈で言われていない文だけど…)。

けれども、通じる体験というのが足りない現状ではやはりその手の不安が常に付きまとうのだよね。先生は休み時間や行き帰りの道すがらドイツ語で喋りなさい、と言うけれど、中途半端な羞恥心が邪魔をする。まだまだ、煩悩に捕らわれた人生なのである。

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夏休みの予定

海外で二カ月仕事。ヨーロッパへ旅行。娘を語学研修に送り出す…などなどと、その手の話題が段々現実的なものとして口にされ始める時期になった。

もちろん、わたしは受験生。ええ、最後の追い込みですとも!!

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06/13/2004

曇り

今日から「梅雨の中休み」に突入する、という天気予報だったが、朝起きてみると見事に雲が垂れこめていて、しかも涼しい。雨こそ降っていないが、いつ降り出してもおかしくない天気だった。これは一体どうしたことか、とテレビの天気予報をみてみると、我々の住む辺りにだけ、梅雨全線が屈折してかかっているそうな。「全国的に西からの移動性高気圧の影響で晴れる」のは、いやじゃったのだろう。

お告げいうのは、難しいものであるとな。

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海岸の夏準備

午後は「少し運動せねばなるまいて」と思い立ち、お散歩に出る。目的地は森戸海岸。実は歩くと結構遠いのだけれど、まあ良し。曇り空が重たいので、傘は忘れずに。

山を越えて海岸に出てみると、すでに海の家の建築工事が始まっている。今年も海開きまで一カ月ほど、最近はいろいろと工夫を凝らしたデザインで建てている海の家だけれど、基本構造はきっと三十年一日の如しで、ベニヤ板と鉄パイプなのであろう。変わったことと言えば、シャワーが温水で、トイレは水洗で、飯に工夫あり、ということだろうか。なおここ最近の湘南地区海の家の流行はウッドデッキで、海の家の前に張り出した板敷き部分にあたる地面が平らにならされていた。

海にはサーフィンを楽しむ人ばかりでなく、逗子地区はヨットが結構でている。ディンキーという一人乗り(二人くらいはいけるのか?)のヨットで、スクールでもやっているのか集団でゆっくりと沖に向かっていた。

134号から右に折れて森戸海岸の方へいく道は、昔からの道で幅は狭く、普通の自動車でもなかなかすれ違いに難儀するような場所もあるが、唯一の交通機関であるバスは需要の大きさを反映してしっかりした巨大バスである(デートでドライブにくるひと、注意!)。必然的に大きく路肩にはみ出してかわしたりなどするので、歩きといえども緊張感は抜けない。それでもこの道を歩くのは、昔からの集落などの店先をかすめて歩くのが素敵なのだ。

海岸というよりは磯という感じの森戸神社のあたりでは、ご家族連れがバーベキューなどを楽しんでいたりして、一人でいるのは中々哀しいのであった。「一人を楽しむ」という文化を創製するには自分は弱過ぎるかも知れない、と気づいたり。

帰りは優越感に浸りたくバスで逗子まで戻る(「ワンマン運行に御協力下さい 京急バス」)。ほとんどサイドミラーを塀に擦りそうになりながら、対行車を10cmほどでかわしたりと、スリルを満喫する。

有意義な午後だったが、汗で少し冷やしたか。急いでシャワーを浴びる。

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06/14/2004

快晴

天気予報があたった。お告げがあたると信頼性を増すかというのが、実証主義の問題なのであるけれど、それを信じたくなる気持ちも理解できるなあ、などと。

もっとも、終らない宿題に自転車操業なのは、天気に関係ないけれど…。


昨日、遠征で帰宅が遅くなったあと更新しようとしたら、ココログが緊急メンテナンスに入っていて、更新できず。で、ここに。

遠征に出かける前の講義で院試の話になった。教授によると「自信がないひと、ちょっとでも不安があるひとは絶対に落ちます」と。「大学院はうちの大学のダークサイドだけれども、難しい。間違っても、『大学院卒業』を肩書にしようとしないで下さい。うちに来たら就職はないと思」わなくてはいけないらしい。後者は先輩をみて想像がついているが、まだまだ勉強が足りない、ってこと。今のうちに警告してもらえることを幸せに思って、励むぞ。今年は内部進学希望者が大学院の定員を越えそうだから、頑張らなければ。友人でもライバル…。

その大学院の願書を受け取る。国立大学の願書は昔から不思議だっただけれど、なぜ受け取るときに住所や電話番号を書かないといけないのであろうか。その収集した情報、何に使うのだろうか…。

とにかく、段々スタートしているのである。

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06/15/2004

快晴

昨日今日は爽やかな晴れが続く。湿度が低く、カラッとしているので朝方は少し涼しい。日中はずいぶん気温が上がるが、電車にエアコンが入ったりすると少し肌寒い。今日は30度まで上がるらしいが、日陰で風に吹かれるのが気持ち良い一日になるのでは、とやや期待。

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異分野理解と傲慢さ

夕方からいつものように専門外の分野に関する勉強会に参加する。

刺激という意味では多くの新しい視角を提供される機会なのだが、わたしは特にその機会を「理解できない」という言い方で切り取るつもりで、相変わらず潰してしまっているのかも知れない。ただ、わたしの問いの立て方がまわりの参加者に少しは面白みを与えているようなので、それはそれで良しとしよう。

急いで付け加えることで、言い訳としたいが、別にわたしはこの分野の研究が「無駄である」とか、「根本的な錯誤に基づいている」と言っているわけではない。ましてや、彼らのやっていることが、「無意味で無価値だ」などと言ったりしているのではない。ただ、彼らが前提にしている議論がわたしには見えにくくなっていて、それを提示して欲しい、と思っているのである。

過去に犯した過ちを何とか回避しようとは努力しているつもりなのだけれど、巧くいっているか常にチェックしなくてはならない。

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06/16/2004

見つけられず、新橋駅

帰りに渋谷駅に到達してみると、山の手線の内周りは「車両故障のため」運転休止。改札口で振替輸送の切符をもらって、銀座線で新橋を目指した。

電車の中では持っていた文庫本を読んでいたわけだが、どうしても気になって虎ノ門駅からは本を置いて、混んだ電車の中で首をぐるぐると回して、窓の外を伺った。実は、昔の東京地下鉄の新橋駅はいったいどこにあるか、ということを探したかったのだ。ホームは人が何人も立ったりすることはできない、単線で暗い、そんなホームが銀座線から引き込まれたどこかにあるはずで、それを一度でいいからこの目で見たいのだ。

虎ノ門方向から来ると、新橋駅の手前で上下線が渡るポイント区間があり、その先に引き込み線のようなものが見えた。あれだったのだろうか。一瞬のことできちんと確認できなかったのだけれど、あれだったのだろうか。

謎は残る…。

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快晴

良く晴れている。が、風はずいぶんと涼しい。今日は昨日ほど気温があがらない、とのお告げなのである。半袖では若干涼しい感じがする。

昨日あたりはすでに出会ったときの挨拶が「暑いねえ」であった。が、わたしの感覚ではまだ風が涼しく、日向にいてもそれほど不快でもないのに、なぜそういう挨拶になるのか、という気持ちがある。そこで、「まだ大したことない」などと言うと、すごく怪訝そうな顔をされる。

この時期閉口するのが、冷房である。今年から「独立行政法人」になったために、冷房に関する規則も変更になった。研究棟のエレベーターに貼ってあった案内によれば、今年度から「前日の予想気温が30度を越える日から集中冷房装置を起動する」とのこと。但書きによると、今年度は5月30日に起動した由である。

しかし、集中管理であるため、冷房がついている時期には部屋中が凍えるほど寒くなる。講義の途中で席を立って温度をいじるわけにもいかず、哀しいのである。

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疲れるのはなぜ

どうしてか全く理解できないのだけれど、今日は呼吸するだけで疲れてしまう。肌寒いのも、何だか「ゾゾゾ」という感じだし、電車では本を読めば酔っ払ってしまうし、携帯にメールは来ない。

ひとに教えるということが段々苦痛になってきたかもしれない。相手がどうして理解してくれないのか、ということに悩むよりも、どうして違う観点から切り取った説明を繰り出せないのか、ということに。さらには、段々生徒たちにいいようにあしらわれているような気もしてきた。三時間の間に困憊してしまうのである。

それでも一部の生徒たちにはどうやら気に入られているようで、それは良いことだ。しかし、だからと言って君たち僕が隣にいるとすぐに「わからない」と投げてはいけませんよ。

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06/17/2004

関西方面は晴れているという話を小耳に挟んだが、わたしのところは完璧なまでに曇っている。しかも、やはり肌寒い天気で、電車は絶対弱冷房車に乗るぞ、と心に決めている朝である。

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ウィリス『犬は勘定に入れません』

SFを読む。大学で講義の合間に読んでいい種類の本かどうかはやや疑問だが、読みかけの本は読むべきでもあると信じるので。案の定後輩(ではもうないが)に見つかって、冷笑される。「哲学的なSFですか」と言われてもなあ。もちろん、時空連続性について考える可能性もあるし、タイムトラベルということは論理的に理解可能かどうかを考えることもできるかも知れない。でも、わたしは昼休みに、ただ本を読みたいのだ。

このお話は2057年のオクスフォード大学史学部(んなものあるのかは知らない)と、19世紀のヴィクトリア朝時代のイングランドが舞台である。2075年にはすでにタイムマシンが発明されているのだが、このタイムマシンではものは何も運べないことが証明されてしまい、それ以来歴史家の研究目的以外では利用されていない。そのタイムマシンを使ったプロジェクトが第二次大戦中に破壊された教会の完璧なる修復で、たった一つ欠けた「主教の鳥株」を探すために学生が皆駆り出されている。主人公は時間移動のしすぎで、ジェットラグならぬタイムラグに罹ってしまう。けれども、プロジェクトのボスに見つかると休養もできない。そこで、19世紀に逃げ込むことにしよう、となるのだが…。

時空間の構造がカオス的であり、弱い相関関係が影響してくる一方、システム全体が緩くできているために、歴史には修復機能が備わっている、という設定は中々面白い。そういう歴史の中では、エージェントは中である程度の自由を行使することはできる(各個人の小さな行為も歴史に影響する)、けれども流れの大勢は基本的に決まっていて、それから逸脱するエージェントの行為も緩いシステムの中で修復されていく。こういう歴史が想定可能であるとすれば、人間が意図的な行為を行なう余地を残しながら、動物として世界の因果にも従っている、という極めて常識的だけれども、整合的な意見に収斂し難い考えが維持できそうな気がする…と言い返したら、後輩は感心したかな。

ちなみに、この本のタイトルはジェローム・K・ジェローム『ボートの三人男: 犬は勘定に入れません』(邦訳:『ボートの三人男』丸谷才一(訳)。中公文庫)の副題から来たもので、この三人男も登場する。

  • コニー・ウィリス『犬は勘定に入れません: あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』大森望(訳)。早川書房、2004年。2800円。

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    腹黒度チェック

    Katsuさんの減量日記で紹介されていた腹黒度チェックをやってみた。結果は下のような感じである。

    あなたの腹黒度は【悪代官レベル】のようです。

    時代劇の悪役といえば、紋切り型の悪代官。
    権力を嵩におのれは甘い蜜を啜りながらも、市民に悪政の限りを尽くす――これぞ、悪代官の醍醐味です。
    あなたにはそういった悪代官の血脈が受け継がれているようです。
    知恵がたつ分、ただの腹黒より質が悪いといえるでしょう。
    なるべく自分の手を汚さずに、おいしいとこどりしようとするのがこのタイプの人の特徴です。
    ある意味、世渡り上手といえそうですが、夜道でうしろから刺されないように気をつけてくださいね。

  • 魂の黒さ 7%
  • 心の黒さ 100%
  • ルックスの黒さ 0%
  • 輝く白さ 100%
  • 夜は家にいようと思う。

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    06/18/2004

    会議は踊る…

    亜凛子さんの舞え舞えカタツムリを読んでいたら、大学の先生たちの「会議」というやつの実態を垣間見てしまった気がした。きっとその内にはわたしみたいな馬鹿学生をいかに留年させないか、などという対策も含まれているんだろうことだろうが(申し訳ない)、正直なところ学生にとっても、この状態、歓迎できない。先生と話をしたくても「会議があって…。すみません」とか言われて、悪くすると二週間後にしかアポイントが取れなかったりする(大抵はそんなことはないけれど)。ワガママな学生の本音:「学生とおしゃべりする必要のある教員は欠席を許す」という規則が欲しい…。

    ちなみに、論文を読んで会議をやり過ごす技、結構色んな先生が使っていること、学生は知っている。苦笑。

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    晴れ

    今日も風は涼しいけれど、空が高い一日。大体、40kmくらいは見えているのかなあ、と思う。ただ、新聞の予報欄は今日から曇のお告げである。今週は「中休み」だったようだが、来週からはまた梅雨がくる。颱風もくる。

    気づいたら、庭の紫陽花が青から紫に変わりつつある。

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    もっと勉強しなくてはいかんぜよ

    ドクターを取られた先輩の話を聞く機会を得る。別に勉強面での刺激を受けるチャンスではなかったが、生活面での改善案は多く受けとった気がする。やはりわたしはまだまだ勉強が足りないのである。物理的な勉強時間をもっと用意しなくてはいけないのだ。2980円の生活改革は実は損する月が半分ばかりあるけれど、こちらの生活改革はしないとこの先やっていけないんだ、ということになりそう。いかんいかん…。

    夕飯を一緒のテーブルで食べることができたし、帰り道渋谷まで一緒に歩いてもらったりして、色んな話をした。それでなんとなくこれから先の生活の一面を見ることもできたし、何とかあそこまで行かなくては行けないんだということも学んだ。

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    受験票を受けとること

    ZMPの受験料を振り込んだ。講義できちんと受験票を受けとること。

    決して安くない金額だが、とにかく今受かると決めたのである。目標は、「Sehr Gut」で。

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    06/19/2004

    晴れ

    颱風が接近して今日から曇るのかな、と思ったら朝起きてみると晴れている。しかし、勿論油断ならぬ一日になりそうだ。

    と思ったけれども、一日中、風が強く吹いているものの、気持ち良く晴れていた。風はかなり涼しくて、日陰に入るとかなり気持ち良く過ごすことができた。帰り道、いつものように運動不足を解消すべく速めの足で進んでいると、汗ばむのだけれど信号待ちですっと引いていく。ほぼ最上の散歩日和と言えるだろう。

    外苑前駅のお寺では青山郡上踊りが開催されていて、浴衣姿の女性がちらほらと見えた。中でも、やや年配の女性が白地に藍の浴衣をシャンと着こなして、背筋を張って歩いていたのは何とも好ましかった。

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    思い出と学習

    朝日新聞の6月19日付の記事によると、修学旅行中に国際機関などを訪れて「生きた社会勉強」をさせようという企図に行き詰まりが出ているという。説明を真面目に聞かない生徒が多い、ということが理由である。

    JICAの本部には昨年度、中高生を含めて4349人が訪れた。3年前から急に数が増加したが、専門の対応部所はなく、職員の有志が講師役を勤めている。担当者によると、訪れる生徒たちの内で「事前に学習を済ませているのは全体の二割程度」という。


    わたしの住む街は小学生から高校生まで比較的多くの修学旅行生がやってくるが、最近気になるのは彼らが「旅行のしおり」のようなものではなく、「るるぶ」などのガイドブックや、駅で売られているような観光地図を手にしていることである。班別自由行動はわたしの時代にも、そうであったが、しおりというものが存在し、色々なガイドブックとは異なる情報を手に入れて歩いたりしたのだが、最近はそういうことはないのだろうか。

    国際機関の見学に際してそういうことがあるかどうかわからないけれど、教師陣が明らかに下見していないということがわかるのも気になる。例えば、狭い駅前に100人からの生徒を整列させて、延々と話をしていたり、生徒が歩道を埋め、お年寄りを車道に追い出した上、整列した生徒を見回る先生方が突然車道に飛び出したり…。一番ひどかったのは、班行動のチェックポイント(最近の修学旅行はオリエンテーリングみたいになっているのである)で先生がくわえタバコを道に投げていたこと。生徒たちが少々羽目を外すのは、見ていても微笑ましいし、自分の思い出も喚起されるが、教師のこういった態度は悪印象しか残さない。

    少なくとも、ある程度綿密な下見は必要なのだろうな、国際機関に行くのだろうが、古都を訪れるのだろうが。

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    特別貸出は平日のみ

    論文のための長期貸出は平日しか対応しない、ということ。休日はひとまず普通の貸出手続きを行なうしかないらしい。うまくすると、「平日借り換えができるかもしれない」ということなのだが。

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    まだまだじゃなあ

    何だか毎日ほとんど同じタイトルがならんで申し訳ないが、今日も「まだまだだなあ」と思うわけで、しようがないのである。

    今日感じたのはドイツ語の聞き取りにまだムラがあるということである。聞こえるときは、何の苦労もなく、そして一回聞いただけで大体の内容を把握してしまうことができるのだけれども、聞こえないときは二度聞こうが解説されようがわからない。それは主に語彙にまだムラが多いからなので、学習量が単純に不足しているということでもある。

    前に進まなければ。

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    06/20/2004

    晴れ

    一転、今日は大変蒸し暑いのである。午前中、買い出しに車を出したが、運転する気が正直起こらなくて、父にすべてを任せてしまう。風が重たくて、嫌な感じである。

    天候に影響されたか、全然ポジティブな思考様式にならずに困ったなあ。

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    今年中に結婚か?!

    ちょっと面白そうな心理テストだったのでやってみる。ただし、どうも女性を対象にしているのではないか、という設問が多かったのが気になった。

    心理テスト:今年、あなたは結婚できるか!?の結果は次のとおり。

    診断B 結婚生活への適正は十分彼ができれば年内挙式も可能!? あなたは、今、他人に対する受容力が高まっています。一緒にいる人に気持ちを添わせようとする共感力と、小さな失敗なら許せてしまう許容力も同時に高まっているみたい。つまり、誰かと新しい暮らしを始めるのにピッタリの心の状態なのです。仮に今恋人がいなくても、今年の前半までに出会いがあれば、年内にゴールインできる可能性は十分!

    ちなみにあと10日で今年の前半は終了しますので、「出会え」と言われてもねえ。

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    選べと?

    友人から電話が午後一にかかってくる。残念ながら、最近は電話もメールもほとんどかかってこないので、横着して4日間も充電せずに置いておいたら、着信しただけで電源が落ちてしまったらしい。ふと携帯電話を眺めたら記録が残っていた。電話してみると、内定を二つ手に入れて、どちらにするか悩んでいるとのこと。

    ほぼ全てのことについて決断のできないわたしとしては困ってしまうが、まあ思うところを告げてみる。切ったあと、結局何も選択していなかったことに気づいたりもしたが、良いことにして。

    夕飯のあとは、就職した友人から電話。何でも北海道での研修に併せて富良野に遊びに行きたいという。というわけで、簡易ツアーデスクと化する。お役に立てましたか。ただね、「かもくんは、かもくんにとって役に立つ人にしか親切じゃないでしょう」というのはどういう意味なんでしょうか、ね。

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    集中できた午後

    暑苦しい午後だが、何だか結構集中してドイツ語にあたることができたと思う。金曜日の発表をどのようにするか、ある程度決めることができたのではないかな、という感触。未卒論(いまだおえざるのろん)の一説を直すことを目標にしましょう。折角、卒業しなかったのだからね。

    ある程度読んだところで、別の読みかけに手をつける。うまくいっているときには、疲れたときに別の本を手にするとリフレッシュされて良いのだが、結構うまくはまったと思う。

    ただ、まだ少し勉強時間が足りないから、夜も詰めてやらなくては…。

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    06/21/2004

    午後は確実に雨なのだそうだが、妙なところが几帳面な(自分で言うな)もので、「曇」ということになる。颱風は四国から近畿をぬけて舞鶴方面へ抜けるとか。古代の黄金ルートだよなあ、とか思ってみたり、関西に住む友人を案じてみたり。本当は「東側では雨風ともに強い」そうだから、関東に住むといってもそれほど安閑としてはいられないのだが…。今日は遠征の日なのに、なんということだ。

    今日は夏至。明るさを楽しむには晴れている必要はないのだけれど、どうしてか今日が雨であることに哀しさを覚えてしまう。この思考様式は実際不合理なのではないか、と思うのだけれど。とにかく、今日を境に世界は冬へと向かうのだ。

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    本を借りたい大作戦

    大学中で一つの研究室が一冊だけ持っている本(の割に結構引用されるから、ぜひ再版された暁には自分で買うか、研究室に買ってほしい)を借り出しに本部キャンパスにお出かけ。

    最近は地下鉄に乗り換えずに山手線の上野駅からえっちらおっちら歩くことにしておる。蒸し暑い中を鳩が飛び、鴨が休む。鴨は一本足で休むのだなあ、と思ったり。医学部の病院が近くに見えているので一本違う道を選んだら大失敗で、大学本部のある門までキャンパスの塀沿いを延々と歩くことになる。汗だらけ。

    借りたい本は文学部の図書室ではなく、研究室自体に行かないとないことが判明して、おそるおそる研究室に向かう(人見知りなので)。他学部の学生が借りるというのは中々面倒くさい確認作業があったりしたが、研究室にいてくださった人がすべて親切に対応してくださり、無事借り出し。

    本を手に入れるということが昔に比べれば簡単になった訳だけれど、たまにこうやって気合いと体力で頑張らなくてはいけない事態に遭遇すると、嬉しくなるね。

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    替え玉離婚

    朝日新聞の6月21日付の記事より。大阪家庭裁判所は今年6月離婚調停を申し立てた男性の「妻」を自称して出廷した女性が本人ではないことに気づかずに、調停を成立させていたことが判明した。男性の実際の妻から同裁判所に調停は無効であるとして、再審請求出されて明るみに出た。

    現在の民事訴訟では「替え玉」を完全に防ぐような本人確認は行われていない。今回の調停では申し立てた男性が戸籍謄本を提出し、さらに申立書に本人と「妻」の住所を記入。裁判所は申立書の記載住所に「通知書」を送付し、二人ともそのはがきを持参したという。また生年月日なども口頭で確認し、本人と認められた。


    本人確認というのは案外杜撰なものであることは確かで、しかし大抵の場合はそれでごまかされないようなシステムになっているわけである。ニセの名前や生年月日をよどみなくすらすらと言ったりするのは、やってみたら判るけれども、結構神経を使うので大変なのである。こういう事態は、一方で、どれだけ本人確認の手続きの精度を上げたとしても完全には防ぎきれない。色々な要素が絡まってうまくいってしまうことがあるからである。

    さらに、認証制度をより厳格にすることには大きな弊害もある。その認証制度を担保するためのデータベースを作り、それを一元的に管理するということを含意するからである。そうして貯められた情報は必ず悪用、もしくは誤用されることになる。

    むしろ、軟らかい認証システムが間違ったときの復元手段をきちんと整備することが、大事なのではないかなあ、と思う。

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    目指せ野望王

    昨日電話かけてきた友人が選択を下した。大忙しになりそうな野望王への変身を遂げる、とのこと。彼は我が友人界隈では一番堅実で現実的な人間だが、「案外、野望を抱いている」ということらしい。そして、うまくやったら、「援助交際して」くれるらしい「(笑)」。ぜひ、おたの申しますよ。

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    「回避型人格障害」

    週間朝日の7月2日号によると、「他人からの評価に過敏に反応して、批判されると挫折しやすい」「誰かと親密になりかけるとブレーキをかける」というような性格で、「誰も傷つけたくないから、厄介なことはすべて回避しようとする」らしい。そして、セックスレスになる夫に最も多いタイプだという。

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    傘は折れるもの

    一日に二回「天気」コーナーを書くのは甚だ習慣に背くことだけれども、今日のような素晴らしい天気の日にはそうする権利があるのではないか、と思う。

    昼ご飯を終わり「そろそろ移動かしら」と思っていたら、ポツポツと降り出した雨は、二時間ほど後、遠征に出発するころには本降りになった。そして、電車を揺らすほどに風が段々と強くなり、遠征先についたころには、颱風が間違って関東に上陸してしまったのか、と思うほどに雨風が強くなっていた。こういうときの風というのはなんとも言えないリズムがあって、大縄飛びを跳ぼうかという緊張感を覚える。そして、敢なく敗退。風が緩んだな、と思って一歩を踏み出し、屋根に戻るには少し離れ過ぎた頃、巨大な縄が降ってきた。風は巻き、雨は下から降り込んでくる。そして傘の骨が空襲でも受けた鉄骨のように、あるいはゴジラの熱線を受けた鉄塔のように、ぐにゃっと曲がった。

    目的地の屋根の下に到達したときには、ズボンの主さは倍になろうか、というほどになって、建物の中で利いている冷房の効果を倍にしてくれる。素敵な夕方である。

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    06/22/2004

    快晴

    颱風一過であれば、カラッと晴れるものと期待してみたが、やはり湿度はそれなりにある。典型的な夏風である。「風」というのは風がまだ熱を持っていないから。それでも、午後には32度というから半袖でなくてはならない。さらに冷房には打ち勝ちたい。

    最近やっと気づいたことは、冷房が寒いときにはポロシャツの第一ボタンをきちんと締めるとかなり違うということ。簡単なマフラー効果とでも言うべきか。首筋をきちんと防御することが大事だということらしい。電車の中が殺人的に冷房されているのは、結局、ネクタイという習慣が無視できないということなのだろうな。ただ、一言言わせて欲しい:暑いなら、ネクタイは完全に外してくれ。中途半端に緩めたネクタイは哀れを誘うから。

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    夜間消灯の効果

    CNNの6月21日付の記事によると、アメリカのいくつかの都市ではビルの夜間消灯を徹底した結果、ビルに衝突するなどして死ぬ渡り鳥の数が減少した。渡り鳥はオフィスに明かりがついているとそこにガラスがあると気づかずに衝突したり、明るい光に誘導されてビルの周りをグルグルと回って弱ったところをカラスなどに襲われたりする。

    もっとも対策の進んだ都市シカゴでは以前、早朝に清掃員が歩道に落ちた鳥の死骸をゴミ袋につめる作業が目についたが、4年前に市当局が夜間消灯を呼びかけ、中心街のビルはよる23時以降消灯するようになった。その結果、歩道に落ちる鳥の数が激減した。

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    小川『博士の愛した数式』

    長らく大学の生協に平積みされていた小説を母が買ってきたので読ませてもらう。

    すごくきれいな話である。すごく「心が洗われる」感じがして読後感も悪くない。穏やかな愛というのが一体どういうものなのか、おぼろげな形を思い浮かべることができる気がするのだ。けれども、わたしが天の邪鬼である所為だけではなくて、この小説はそれだけでもあるのだ。脳に障害がある数学博士と少年の友情物語の典型をいく物語は、なんとなくそれだけしかない。文章は比べものにならないほど洗練されているし、すっと入ってくるけれど、ほとんどそれだけである。取り立てて哀しくもならず、読み終わってカタルシスも感じず、むしろお姉さんのそれからがどうなったかが気になり…。

    そして、多分何よりも思ったのは、「天才」は他の人がどこで躓いたのかを理解できないことが多いということを無視している、ということ。その理解できなさに誰も悩まないのは何だか困った。

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    寿命

    携帯電話の液晶画面のバックライトがとうとう恒常的に故障するようになってしまった。初めて真っ暗な画面に出会ってからほぼ一年。旅行先で途方に暮れて、当時憧れのひとに助けてもらったのも随分前のことのように感じられる。その後、暫く放って置いたらまた復旧したのだけれども、ついには暗がりにかすかに文字が見えるようになってしまった。

    わたしは常日頃、「この携帯が壊れたら解約」と言い続けている。携帯電話が今のところわたしの社会生活にそれほど重要な役割を果たしていないからである。それに、寂しがりで、孤独を恐れるあまりに携帯電話に支配されているくせに、根性なしで、妙にカッコつけるから結局色んな人を傷つけてしまうのだ。「携帯電話リテラシー」なるものがあるとしたら、わたしには全く身に付いていないに違いない、と信じられる。

    それでも、友人の一人は「買い換えろ」と言ってくれる。彼は常にわたしにも(勿論他の人にも)優しいのでそう言ってくれるわけだが、何だか凄く嬉しかったりもする。もう少し、真面目に考えてみようかしらん。まだ、完全に暗くなるまで時間はある…。

    わたしの携帯の情報を持っている人へ。というわけで突然連絡がつかなくなるかもしれないです。

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    06/23/2004

    快晴

    今日も暑くなるようである。梅雨も明けないのに、夏みたいな天気。でもこれも今週だけで、来週からまた梅雨が復活するんだろうな、と思うと、大事にしてやろうじゃないか、という気持ちになるわけだ。「それが貴重なものだ」と判ってからしか、愛おしさが湧いてこない冷たい人間もここにはいる。

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    黙々と読む

    今日は大学の講義のない日なので、家で本を読む。金曜日の発表にむけてある程度真面目にドイツ語と向かい合わなくてはならないが、今日はなんだかうまくいった感じがする。あくまで、「比較的」という留保がつくのが情けないけれど、集中できたことは良いことなのだ、と誰も褒めてくれないから自分で褒めよう。

    レジュメを切らなくてはいけないのではあるが、明日は講義があるので登校しなくてはいけない。徹夜かなあ、明日。

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    やっぱりお金はかかるらしい

    アルバイトの帰り道、携帯電話会社のショップに出かけた。真っ暗になりかかってしまった携帯電話を見てもらうためにである。お店のにこやかなお兄さん(さすがサービス業)はわたしの電話機をみるなり、「うーm」と声をあげる。そして、「これって三年以上経ってますよね。保証は二年だけなので、有償修理になってしまうんですよ」と。値段ははっきりとはわからず、大体勘で5千円ほどという。彼にしてみたら機種変更をして欲しいところだろうが、わたしは携帯電話にそれほど愛情を持っているわけではないことを説明する。「機種変更はお金がかかるからいやだ。それくらいなら解約しようかと思う」と。

    担当者兄俄に席を立って奥の事務室に。一体なんだろうと思って待っていたら、「済みません、古い機種でゼロ円のものがあるかなと思ったんですけど、あいにく今ないですね」とのこと。そういう手があるとは知らなかったが、契約を切られたくない、という執念も感じたりする出来事であった。結局、今回は「少し考えます」と引き下がった。

    今のところ解約しない方向でなるべく考えているけれど、最近の携帯電話端末の値段を考えると解約したくなるね。

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    06/24/2004

    晴れのち曇

    今日も今日とて暑い一日が続くらしい。ほんの少しでも涼しげに過ごせるように、短パンにサンダルで出かけたいところだけれど、そんなことをしたら講義中に小便ちびってしまうに決まっているので、我慢して長ズボンに靴で。今年はビーチサンダルみたいに鼻緒のついた(正確には違う名前だろうと思うけれど、知らないので似たものの名前で代用)サンダルが流行しているようで、大学にそんな格好でいらっしゃるひとが多く見られる。彼らがちびらないのはきっと精神力があるのか、やせ我慢しているかどちらかだと思うのだけれど、どうなっているのだろうかしらん?

    曇り始めた返り道、やっぱり電車の中で冷房直撃された右肩が降りるころには何だか強わばった感じになってしまう。ただ、帰ってからはモニタを眺めているので左右均等にゴワゴワしている感じになってきた。

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    準備しなくちゃ

    明日、友人との勉強会がある。その準備原稿をきちんと書かないといけないので、帰宅後、文章にしてやろうと努力したりする。が、ぼんやりと考えていることと、それをきちんと理解できるかたちにすることとは全く別なものであることだなあ、と実感するのである。

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    06/25/2004

    久々に雨音で目を覚ます。昨晩、というか今朝は結局力つきてしまったので、天の助けと思うことにした。もっとも、弱い人間なので、目が覚めた瞬間は「げぇ〜」っと呟いてしまったことを急いで告白。別に移動の大部分は電車だし、駅からキャンパスは歩いて数十秒だし、勉強会も屋内でするのであるから、一体何を嫌がっているのやら。それでも、朝ご飯を食べて落ち着くと、雨音が好ましい気持ちにもなる。

    はっきりしないやつである。とにかく、今はラストスパートをかけるべし。

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    前に進んだ、かな?

    卒論の一部をもう一度書き直すべく、テキストを読み直した結果を何とかまとめて友人と検討する。ひとまず、彼を納得させることができれば、もう一度きちんと書き直して指導教員の先生に見せようという目論見のもとで作ったレジュメを見せた。

    ドイツ語を何とか読みながら解説すると、「なんとなく良さそう」という感じを共有できた。もちろん、全く間違っている可能性もあるけれど、わたしとしてはこれでいける気がしている。というわけで、頑張って直して先生に見せてみようかな、と思うわけだ。頑張ろう。

    というわけで、実りある一日でした。

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    06/26/2004

    晴れ

    東京はすでに曇っているというが、こちらはまだ空の半分をかろうじて青が占めている朝。といっても、多分数時間後には雲が大きく張り出してきて、湿度もぐんぐん上がっていくことだろうと思う。「今日は天気悪くなりそうだ」という予想を持つ日はなんだか少し落ち着かない。待ち構えているかのように大きな傘を持って歩くのも格好悪いし、また降らなかったりしたときの失敗感が嫌だ。とは言え、何も持たずに出るというのも気が引ける。結局、折り畳み傘などをもって出るわけだが、雨が降ってしまうとそれでは少し不足で、結局濡れてしまうわけである。

    そして、それだけ悩んだ挙げ句、それに満足して、傘を忘れて出た日には必ず雨が降る。

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    「優しい子」

    朝日新聞の6月25日付の記事より。24日にバンダイによる子どもに関するアンケートの結果が発表された。親が子どもを褒められて嬉しい言葉として、「優しい」という回答が「かわいい」に迫る勢いで増加している。


    同社は「最近は低年齢の子どもによる事件が多い。外見だけでなく内面や性格を大切に考える保護者の思いを反映している」と分析している。

    優しい子どもってどんな子どもなのだろうか。優しくない(と少なくとも親にも評価され続けている)自分の子ども時代を振り返っても良くわからない。お年寄りが来たら席を譲のは優しさではなくて、倫理的な義務感だし(最初はもちろん親に「譲ものだ」と言われたから)、友人に親切にするのはそうすることによってわたしに対する好意を創出できるからだ(嫌われたくないじゃないか)。つくづく優しくない子どもだったんだなあ、と思う。わたしが「優しい人だなあ」と心から得心したのは大学に入って出会った一人の友人の言動をみていて、であった。確かに、彼みたいな人間であると評価されたなら、わたしも嬉しくなることだろうな、と思うのだが、彼は子どもではないし、彼の優しさは「大人」の優しさのような気がするのだよな。

    子どもが優しかったりするものなのかしらん??

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    少しは役に立つ?

    今年の春に卒業してドイツに行ってしまった元クラスメートからメールが来る。現地で苦労しているみたいで、「友人を紹介して欲しい」ということであった。というわけで、紹介する。もっともそのクラスメートと個人的にはそれほど親しかったわけではないし、わたしが現地にいるわけではないので、なんだかどうしていいか迷ったが両方にメールアドレスを通知する方法を使う。まあ、あとは何とかしてくれるだろう、と思う。

    また、今日の講習会を欠席する人から宿題のプリントを受け取って置くことを依頼されていた。無事、忘れずにプリントを受け取り封筒につめた。あとは明日発送するばかりである。もちろん詰めを誤ってはいけないので気は抜けないが、まあひと仕事したということである。

    こんなことでも役に立ったと言っていいのかなあ。

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    まだ修行の余地あり

    午後のドイツ語の授業、骨格は結構できるようになってきたような気がするわけだけれども、細部の詰めというか、細かい暗記というかができていないのに気づくのだ。まだまだ頑張りなさい、ということなのだなあ。もっとも、今この歳でなんでも判ってしまったらつまらない人生になってしまうわけで、この先楽しみ満載と考えることにしましょうかね。

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    06/27/2004

    曇り

    気温は昨日と同じくらいの朝であるらしいが、空がびっちりと雲に覆われていて、さながら冷蔵庫の中の残り物になった気分である。ぴっちりとしたラップが周囲の丘の上を越えてかかっているのは、この街の特性ともいうべきかもしれないけれど、「気分はマカロニ」と思えるのが幸せなのか、不幸せなのか。

    風はやや涼しい。

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    サッカー用語わからない

    今日は月に一度、通訳の講習会に「門前の小僧」をしに出かける。正直、習っているのに「経」を唱えるにはほど遠いのである。そもそも、ドイツに留学したこともないのはわたしだけ。学部生もわたしだけ。男はわたしを含めて三人だけ。圧倒的に小数派なのである。借りてきた猫になりそうなシチュエーションであるが、そこはarrogantなかものこと普段は大騒ぎをして、それがお姉さま方に何故か好評だったりして。世の中わからないものである。しかし、今回はなんだか「おとなしくしたい」気分というか、「口は災いの元」な気分だったので、おとなしめの感じにしてみた。

    今日訳したのはドイツの移民法改正に関する与野党合意が形成されたというニュースに関して野党側の担当者へのインタビュー、ドイツのEuro2004敗退と監督辞任についてブレーメンの元Managerへのインタビューであった。サッカーの方はトランスクリプトを最初に読んだときには簡単そうだったのだけれども、実際のドイツ語はほとんど駅のアナウンス状態でまったくわけがわからない。

    終ったあと先生を含めて、5人でお食事。大人しいかもはどうやら不評だったらしいが、それ以外は楽しい時間を過ごす。素敵な大人の女性に囲まれて、なんだかドギマギしてしまったりしたが、ああいう大人になりたいね、と思うわけである。

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    06/28/2004

    ぐりぐりと曇っている。でも少し暖かい気がするね。今日は雨が降ったりするのかしらん。コピー屋に本を持ち込むから降らないといいなあ、と思いつつ。でも、こんな邪な心を抱いていると大抵は雨が降るのであろう。それでも、まあいいか。

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    ちょっとずつ

    5年前に毎日通っていた場所に出かけてみる。あれからほとんど近寄ることもなかった場所だけれども、今日は用があったのだ。街の様子はそれほど変わりなくて、あるべき場所にあるべきものがほとんどそろっていた。それでも、いくつかの場所に変化は訪れている。スターバックスは二件に増え、なじみの建物は建て替えであとかたもなく、ある建物は封鎖されてしまった。昔毎日通った建物は幸いにもそのままで、殺人的に効いている冷房も変わらない。それでも何だかもう自分の場所ではないんだな、と思う。

    結局、「成長していない」と嘯いてみても、時間は流れていて、「成長していない」かもしれないが、変化は余儀なくされている。どうせ変わるなら、良い方であったら良かったのに、と思う。

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    深刻な話

    遠征先の大学は今大揺れなのだけれど、今日とうとう大勢が決したようで、その説明が講義の前にあった。部外者がこれを聞いてしまっていいのかわからないけれど、将来はかなり具体的な数になって現れるのであるということが判明したのである。「儲からない」ことのトレードオフなのか?

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    一本早い電車

    いつもぎりぎりで逃してしまう電車に何とか間に合う。さまざまな条件が良い方に揃わないと乗れない電車なので(そもそも乗り換える前の電車が数分遅れて到着しないといけない)、乗ってすぐに電車が動き始めたときには、座れなかったにも関わらず心の底で「やた」と思ってしまう。小さく拳を握って。

    「ヨイコト」が今日は何があったかな、と探す時間が日記を書くなかでも一番苦労するところでもあり、また一番楽しい時間でもある。考えても考えても何にも出てこなかったりすると、それだけで哀しい気持ちになるので、ちょっとでも引っかかったらそれに決定するのである。また、今日はうまいこと最後に起こったイベントが「良かった」のでそれを書くことができるけれど、案外その日の一番始めのイベントが「良かった」りすると夜に日記を書く頃には忘れかかっていて焦るのである(誰だ、若年性痴呆などと言うのは!)。というわけで、「今日のヨイコト」コーナーは案外努力の賜なのである。

    お蔭様で、20分以上早く帰宅。素晴らしい。

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    06/29/2004

    晴れ

    朝やや寝坊して目が覚めた。体がすでに火照っている。東向きの窓の下で寝ているので、夏のやってくることはこうやって感じるわけである。ここから二月ばかり午前中は眠れないのだ。健康にいいのか、悪いのか。ちなみに、冬はあんまり窓際によっていると寒さで日の出前に目が覚める。どっちかというと禅坊主の修行仕様にできているのであろう。もちろん、わたしは生臭なので、全然心の平静が得られる訳ではない。尤も、最近の坊主はどんどん生臭方向へ進んでいる訳だけれど。

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    お、出ますか

    去年の夏学期から夏休みにかけてお手伝いした教科書の出版が動き始めたということを担当されている先生から伺う。たまたま、夕方のキャンパスでお目にかかって、話す機会があったのだ。私のしたことといったら、先生の書かれた原稿から単語を拾ってそれに訳を当てて単語帳を作るということだけだったのだけれど、生まれて始めて本作りというやつに関わった経験はアルバイトという要素を抜きにしても大変面白い経験だった。それだけに数カ月前にお目にかかった時には、「全く音沙汰がない」という話でちょっと哀しかったのだ。9月には最初のゲラが出てくるらしいので、またお手伝いすることができるかな、と思う。

    ちなみに、去年の夏はこの時に稼いだアルバイト代だけで乗り切ったので、経済的にもとても大事なプロジェクトでした。わたしの専攻にはあんまり関係しないのだけれど、ね。

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    熟語かいね…

    金曜日の勉強会で読んでいて意味のわからない、いかにも専門用語っぽい名詞が何であるかを調べてみた。ところが、その単語が手持ちの原文についている索引には出ていないし、訳本にそれらしい訳もない。一体これはどうしたことだろうか、と朝っぱらから原文と訳文を対照しつつ頭を捻る。それでも、全然どういう風に訳されているのかがわからず、辞書に戻ることに。そして、二冊めに開いた大きな辞書でみつけたのは、「熟語」として書かれているその単語…。一冊目の辞書には、その名詞の原形ともいうべき動詞が出ていただけだったので、まさか名詞形に熟語としての用法があるなどとは思わず。判明した時、思わず「抜かった」と叫んでしまったのである。

    辞書を引くというのは最も基本的な作業なのに、なぜダブルチェックをかけなかったのだろうか。油断があったとも思えるし、読んでいるテキストの特殊性もある。でも、結局それは言い訳にしかならないわけで、今後の糧にしなくてはいけない。

    それにしても奥深し、テツガク。

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    「紋切り型」な翻訳

    朝日新聞の6月29日付の記事によると、国語研究所がわかりやすい外来語の言い替え案として33語についての中間案を、29日に発表した。専門家の意見などを加味して8月に最終案を発表する。なお、継続審議としてきた「メセナ」、「データベース」、「オンライン」、「フォーラム」などは適当な訳語がなく、言い替えを断念した。


    文脈から切り離して各語について言い替えを当てはめようとして破滅しつつあるとしか思えない「言い替え」プロジェクトであるが、今回も楽しいリストが並んでいる。今回は正直誤訳ではないか、というのも混じっているのがかなり気になる。例えば、「solution」の訳は「解決策・案」などのことであり、「解決」そのもののことではない。また「ボトルネック」と「障害」も対応しない。前者は後者に包含されるが、障害はボトルネックだけではない。また、ドメスティックバイオレンスはいわゆる「配偶者」間の問題ではない。普通配偶者という言葉は婚姻関係のある関係を言うのだけれど、それよりも広い関係性、例えばわたしが自分のガールフレンドに暴行を加えれば、ドメスティックバイオレンスに当てはまりそうな気がする。

    こういったいちゃもんが付けられるのは、それぞれその語を勝手な文脈において考えることができるからである。言葉を言い替えるというのは全くそういうことを無視しているから、気に入らない。確かに、ある種の語は英語で言う必要がない気もするけれど、それも文脈の中で必然性のあるなしを判断するのであろう。

    一番気に入らないのは、漢語(正しい中国語とは大抵関係ない)に訳して「日本語にした」とえばっているその態度である。字面でしか考えていないことが明白で、一度読み上げてみろよ、と思う。喋るにはまだカタカナの方がましだと思う。

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    06/30/2004

    曇りのち雨のち曇

    夜遅く寝れば朝も遅くなるのは当然である。もちろん、睡眠時間を減らせば良いわけだけれども、それは体によろしくない影響を与えるに決まっている、と信じているのである。それに今日は曇ったお陰で朝方涼しくて、布団にくるまっているには丁度良いのである。結局、怠け者、ということかも知れないが。

    今日はアルバイトもないので(馘になったのではなく、明日に変更になった)家で仕事しなくては。学べや学べ、とね。

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    武田『仏壇におはぎ』

    写真家の書く文章で心から納得するものに出会うことはあまりない。というか、彼らは別に文章を書くプロではないのであるから、当然なのだが、それでも書いてあるものを読んでがっかりすることは否めないのだ。勝手なものであるが。この本も、申し訳ないが、文章は何だかweb日記みたいな文章で取り立てておもしろいとは思えない。「味がある」とも何だか違うし。それでも、この本についてここに書くのは、33ページのキャベツ畑の写真が素晴らしいからである。延々とキャベツが整列している様が段々人に見えてくるくらいびっちり並んでいる白黒の写真で、このキャベツをみんな引っこ抜いて(実際は刈り取るのかな)食べてしまうシーンを想像してしまった。この人の写真は色んなシーンにピチッとした規則性を見つけだすのがうまいなあ、という風に思う。

  • 武田 花『仏壇におはぎ』角川春樹事務所、2004年。

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    うだる

    こんなことじゃ駄目なんだけどな。

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