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01/25/2005

「が食べたい」の用法について

AyadaponさんのFincsi a vacsi!の記事を読んでいて、「確かに『教室で授業が受けたい』は『授業』が目的語だよな、でも『肉まんが食べたい』とも言うぞ」と思ったので手元の古語辞典を調べてみた。

なお「が」は今日、「水が飲みたい」というように使って、「が」は対象格を示すことなどと説かれることがある。しかし、この用法は、室町時代からすでに「平家の由来が聞きたいほどにお語りあれ」「ものが申したい」などの例がある。これは、「たい」が形容詞変化をするので、「聞きたい」「申したい」で全体として一つの形容詞として働く結果、「水が飲みたい」の「飲みたい」が「つめたい」などと同型と意識されて現れた文型であって、助詞「が」は下の「たい」にかかるものであり、「飲む」「申す」の目的や対象をしめすものではなかった。

という記述が岩波『古語辞典』初版の「基本助詞解説」(1445頁)にある。この説明の学会での評価などは知らないが中々説得力がある気がするのでメモとして載せておこう。

まとめると、「授業が受けたい」の方は「〜が…たい」の構文で、「授業を受けたい」は「〜を…する」+希求の助動詞「たい」の構文ということらしい。ただし、この差がどのようなものかはまだ良くわからない。

それにしても、自分の喋る日本語を対象化して考えるというのは結構難しいよな、と思うことしばし。この程度の簡単な構文ですらきちんと調べてみないと、「文法的な説明」を思いつかないのだから。

自分の使っている日本語がきちんと説明したい。

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