02/16/2005

小論文を機械採点

朝日新聞の2月15日付の記事によると、大学入試センターは入学試験で出題される小論文をコンピュータで自動採点するシステムJessを試作した。

このシステムは小論文を、


  1. 文章の形式
  2. 論理構成
  3. 問題文との対応
という三つの観点から採点する。(10点満点でそれぞれ5点、3点、2点の配点。)

Jessは、あらかじめ、理想の小論文として全国紙の2年分の社説、コラム計約2000本を記憶し、「学習」している。文の長さ、漢字・かなの比、言葉の多様さ、受動態の割合、接続詞の使い方などの統計分布から割り出し、模範に近いほど高い点数を与える仕組みだ。

大学入試センター研究開発部の石岡助教授によると、客観的で長めの文章であれば、Jessによる採点と教員による採点の間にそれほど大きな開きはないという。このシステムによって採点時間の短縮、採点者の間でのばらつきの低減をはかることができるという。


小論文を機械が採点するということには抵抗感があるけれど、結局、文章を書くことについての基本的な素養を確認するためにはこのシステムの導入も悪いことではないだろう。普通の文章は決して名文である必要はないし、「機械にでも判定できる」程度にわかりやすいというのは一つのポイントだろうと思うのである。

なお、http://coca.rd.dnc.ac.jp/jess/において試作されたシステムを試すことができる。

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10/01/2004

通訳ガイド増加へ法改正

朝日新聞の2004年10月1日付の記事より。国土交通省は「通訳ガイド」の資格を現行の免許制から、登録制に移行することに決めた。資格者が少ない上に、言語も英語に偏り、また通訳者の居住地が関東地方が大部分である現状を是正しなくてはならないため。年明けの通常国会に改正法案を提出し、来年の秋の国家試験から新制度を適用したい考えだという。

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08/01/2004

オープンキャンパス

今週あたりがオープンキャンパスの書き入れどきのようだ。やっている方(1)も、見に行く方も暑い中難儀なものだ、と思うけれど、将来のためとあってはお互いに力を抜けないわけだ。意味合いは全く違うのだけれど。腰の重かったうちの大学も昨年から始めたらしい。明後日、図書館は高校生のために開くので、休館。よく覚えておかないと、「あらあんなところに間抜け面が…」などと言われかねない。気を付けなくては。

それにしても、今日だけでよくまあこの話題が揃ったものである…。嬉しくなってしまったよ。

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07/24/2004

大学全入時代

朝日新聞の7月24日付の記事より。文部科学省は大学の定員と大学志願者の数が釣り合い、大学を選ばなければ生徒が大学に必ず入れる、大学全入の状態に2007年には突入すると、試算している。この試算は23日に行なわれた、中央教育審議会大学分科会に示されたもの。

昨年度の志願者実績は85万4000人で、入学者数の実績はは71万8000人だった。これが2007年には69万9000人になるという。旧文部省が97年に提示したペースよりも二年ほど早いペースで進んでいることになる。


大学にいくということはこれからどういう位置付けになるのだろうか。少なくとも、十数年前まであった(らしい)「四大卒」というカテゴリーがなくなってしまったように、大学卒業ということがカテゴリーとしてなんの意味を持たなくなってしまう気がする。けれども、「大学で何をしてきたか」というようなことは、評価しにくいし、評価が面倒臭いので就職戦線で企業が勘案するという風には思えない。結局、大学に籍があることよりも、その期間の間にインターンのような実線経験をどれだけ積んだか、みたいなことを見るのではないだろうか。そして、その方向に進むとすれば、大学での学業はどんどん潰れてしまうだろうな。

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06/29/2004

熟語かいね…

金曜日の勉強会で読んでいて意味のわからない、いかにも専門用語っぽい名詞が何であるかを調べてみた。ところが、その単語が手持ちの原文についている索引には出ていないし、訳本にそれらしい訳もない。一体これはどうしたことだろうか、と朝っぱらから原文と訳文を対照しつつ頭を捻る。それでも、全然どういう風に訳されているのかがわからず、辞書に戻ることに。そして、二冊めに開いた大きな辞書でみつけたのは、「熟語」として書かれているその単語…。一冊目の辞書には、その名詞の原形ともいうべき動詞が出ていただけだったので、まさか名詞形に熟語としての用法があるなどとは思わず。判明した時、思わず「抜かった」と叫んでしまったのである。

辞書を引くというのは最も基本的な作業なのに、なぜダブルチェックをかけなかったのだろうか。油断があったとも思えるし、読んでいるテキストの特殊性もある。でも、結局それは言い訳にしかならないわけで、今後の糧にしなくてはいけない。

それにしても奥深し、テツガク。

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06/25/2004

前に進んだ、かな?

卒論の一部をもう一度書き直すべく、テキストを読み直した結果を何とかまとめて友人と検討する。ひとまず、彼を納得させることができれば、もう一度きちんと書き直して指導教員の先生に見せようという目論見のもとで作ったレジュメを見せた。

ドイツ語を何とか読みながら解説すると、「なんとなく良さそう」という感じを共有できた。もちろん、全く間違っている可能性もあるけれど、わたしとしてはこれでいける気がしている。というわけで、頑張って直して先生に見せてみようかな、と思うわけだ。頑張ろう。

というわけで、実りある一日でした。

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06/19/2004

まだまだじゃなあ

何だか毎日ほとんど同じタイトルがならんで申し訳ないが、今日も「まだまだだなあ」と思うわけで、しようがないのである。

今日感じたのはドイツ語の聞き取りにまだムラがあるということである。聞こえるときは、何の苦労もなく、そして一回聞いただけで大体の内容を把握してしまうことができるのだけれども、聞こえないときは二度聞こうが解説されようがわからない。それは主に語彙にまだムラが多いからなので、学習量が単純に不足しているということでもある。

前に進まなければ。

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06/18/2004

受験票を受けとること

ZMPの受験料を振り込んだ。講義できちんと受験票を受けとること。

決して安くない金額だが、とにかく今受かると決めたのである。目標は、「Sehr Gut」で。

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06/12/2004

外国語を学ぶ環境

ドイツ語を喋るトレーニングをした。が、喋っている途中に巧く言えていないことに気づいて、言い淀んでしまう。言い直したい、と思ってのことなのだけれど、「それではコミュニケーションにならないでしょう」という先生のコメントに納得させられる。少々間違っていても、一まとまりになっていれば意味がとれる。「語の意味は文という脈略で問われなくてはならない」のである(この文脈で言われていない文だけど…)。

けれども、通じる体験というのが足りない現状ではやはりその手の不安が常に付きまとうのだよね。先生は休み時間や行き帰りの道すがらドイツ語で喋りなさい、と言うけれど、中途半端な羞恥心が邪魔をする。まだまだ、煩悩に捕らわれた人生なのである。

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06/11/2004

学習能力と言語能力

朝日新聞の6月11日付の記事より。ドイツ、マックス・プランク研究所の研究チームがある犬が200語程度の語彙を理解し、ものにはすべて名前があると理解するなど、言語能力の基礎と言えるものが存在することが判ったと、発表した。

実験は飼い主が犬に隣の部屋に置かれたものを持ってくるように命じる方法で行なわれ、約200種類のものの名前を理解していることを確認。さらに、犬にとっては新しいものを、すでに知っているものの中に加え、それを選び出す実験、また一ヶ月後に加えられたものを覚えているかどうかを確かめる実験を行ない、それぞれ7割、5割の成功率をみた。

研究チームは「消去法で言葉の意味を推測したり、学んだ知識を記憶したりという基礎的な能力を人以外の動物も持つことが分かった」とみる。

松井智子・国際基督教大学準教授(言語学)は「幼児の方が語彙が圧倒的に多いなど、人との差は大きいが、犬にも高い言語能力があると示した点で面白い」と話す。


「言語能力」とこの場合言われているものは何なのだろうか。例えば、幼児であれば、三歳になれば喋ることができ、語彙を組み合わせて文として意味を構成することができるようになるはずだが、そういうことができない状態で「言語能力」があると言っても良いのだろうか。言語能力は学習能力を前提とするが、学習能力は言語能力以外のものの前提でもあるわけだから、それほど直接にはつながらない。つまり、「言語能力がある」と言うための十分条件は満たしていないだろうと思う。

実際の論文を読んでいないけれど、この紹介記事から言えることは、犬にも消去法が使えたり、学習の結果を保存することができる、ということなのではないか、と思う。ただし、消去法的な判断を行なっていたというのは、わたしには新しく面白かった。

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